少し心が苦しくなったので、ここで吐き出します。



先日、いつも利用している放課後デイが臨時休業でした。かといってさっさと家に帰ると次男が退屈で機嫌が悪くなるので、児童館に行ってみました。


長男と児童館に行くのは5年ぶりくらい。まだ未就園児だった時に連れて行って(ちなみに次男はまだ抱っこ紐の中にいた)中に入れなくて、代わりに駐車場の側溝に入って遊んでいるのを眺めていたことがつらい思い出となって残っていました。

でも園ではよく児童館に連れて行ってもらってとても楽しんでいたそうなので、懐かしく感じるかな?なんて思ってもみたのです。


少し困惑していたものの、すんなりと児童館に入った長男。次男は、

「長男くん、覚えてる?懐かしいでしょ?」

とお兄ちゃんヅラしてました(笑)

ホールで小学生が遊んでいて、賑やかでした。長男を覚えていてくれて、声を掛けてくれた子もいました。先生や知り合いの保護者さんには、

「よく来たね」

「大きくなったね」

と言ってもらってました。


ホールは広くて、嬉しくなった長男は笑顔で何周も走り回っていました。私の主観ですが、長男はみんなの遊びを邪魔してはいなかったと思います。本当に邪魔になりそうな時は私が近寄って連れて行ったりはしていました。

でも、やっぱり小学生にとっては嫌だったみたいで。怪訝な顔で見られたり、「それ使っているから」「こっち側に入らないで」と言われ、私が止めると長男は泣き出して。


引き離すため幼児ルームに引っ込んだら絵本を叩こうとしていたので、慌ててフリーペーパーを渡して「これにして!」と頼み込みました。あまりうるさく叩かないように声を掛けながら、抱っこをして落ち着かせました。次男は仲良しの子と会って楽しそうに遊んでいたのですが、長男はもう限界になってしまい、そこそこで切り上げました。次男は楽しめていたから結果オーライだけど、長男にはつらい時間になってしまったかな、と感じました。


人に手を出すわけでもない。おもちゃを壊すわけでもない。誰かに寄っていってまとわりつくこともない。そもそも一緒に遊べないし、他者と喧嘩ができる知能もない。

でも、この子はそこにいるだけで一定数の子を不快にさせてしまうんだろうな。まだ小さな幼児ならまだしも、身体は一丁前に大きな子が声にならない声を上げながら走り回って、時々不穏な声を出して。小学生にとっては何をするか分からない未知の生き物だよね。不快だよね。

連れてきて、ごめんなさい。

そんな気持ちになりました。


すごく悲しかった、というわけでもないのです。こうなるって、ある程度は分かっていたことなので。でも、我が子が拒絶されるってなんか心がキューッと苦しくなるんですよね。小学生になるとみんな仲良くってわけにはいかないのにね。


もう連れて行くのは難しいだろうな。そもそも、居住地交流も大丈夫だろうか、なんて不安になりました。まあ、学校の先生がいたら大丈夫か。私もいるし。でも、行くと迷惑なのかもな。長男みたいに障害が重すぎる子は、交流することで得られるものなんてあるんだろうか。


地域の人たちに知ってもらう、地域の中で暮らすっていうのも、思っている以上に難しい。誰が悪いというのではなく、それぞれの居心地のよさを考えると棲み分けは大事なんだと改めて実感しました。


そして、自分にとっては可愛くてたまらない我が子が他者にとっては脅威になりつつあるという残酷な現実もひしひしと感じられて。それでも私はこの子のことを愛しているんだなと驚く意外な気持ちもありました。


成長するって、障害児から障害者になるって、綺麗事だけじゃないな。苦しいな。