今晩は、長男がショートステイに行ってます。

明日の午前中が次男の園の運動会なんです。長男は決められたスペースに留まって観覧することはできないし、遊具(運動会の時は使用禁止)に絶対に登ってしまうし、普通に騒ぐので迷惑になります。連れて行くことは不可能です。だから、行ってもらってます。


田舎の森の中の家なので、長男がいないととても静かです。外はシトシトと雨が降っています。しんみりするような、ものさびしいような気持ちになります。

明日の天気予報は、良くありません。運動会は、日曜に延期になるかもしれません。


日曜は、長男の預け先がありません。ショートステイは事前に申し込まないと使えないし、デイもやっていません。

ただありがたいことに、その場合は私の両親が長男を家で見ているから私と旦那は運動会に行ってくるといいよと提案がありました。次男の頑張っている姿を見てもらいたかったけれど、私や旦那が行かないと次男はさびしい思いをするから、延期になった場合はそれが最善なのでしょう。


以前書いたことがありますが、私と実母は宗教上の理由で一時疎遠になっていました。実母がエホバの証人という宗教を信仰しており、その教義ゆえに私の旦那(排斥処分を受けている≒破門扱いされている)と接触が持てないという理由ゆえです。


迷いながらも、昨年に母との交流を再開。

↓こちらに詳しく書いてあります。


最初は母と会うと疲れたり、気を遣うこともありましたし、母も遠慮していたようなのですが、最近はお互い打ち解けて話せるようになってきました。


そして、うちに来ていたある時、ちょうど帰宅してきた旦那に会った母は、普通に挨拶してお疲れさまというねぎらいの言葉を掛けたのです。

母がずっと旦那を避けていた5年弱の歳月は一体何だったのだろうと思わせるような、そんな自然な態度でした。


それ以降、母は旦那のことを避けなくなりました(積極的に会話をするわけではないけれど)。そして、さらに我が家によく来て助けてくれるようになりました。長男も次男も、おばあちゃんである母のことは大好きです。母は宗教さえ絡まなければきっと愛情深い人なのだ。やり方を間違えてしまっただけなのだろうと、私自身受け入れるようになりました。


母がなぜ急に変わったのか、私にはよく分かりません。でも、子どもたちがトリガーだったのではないかと思っています。

あまりにも手のかかる、大変すぎる長男。そして、年齢の割に聡い次男。長男の様子を目の当たりにして放っておけなかったのだろうし、【おばあちゃんがパパを避ける理由】を適当にでっち上げても賢い次男に誤魔化しはきかないと思ったのかもしれません。


もしも長男が普通の子だったら、運動会には当たり前のように連れて行けて、家族みんなで楽しめたはず。こんな理由で天気に一喜一憂することもなかったでしょう。

でも、長男は障害をもって生まれてきてしまった。しかもとびきりの生きづらさを抱えて。いくら願っても、思い描いていた未来は来なかった。仕方のないことです。


でも、もしかしたらそんな長男だからこそ、母と私たちの関係を取り持ってくれたのかもしれません。

今、長男がいないととても静かだし、人間らしいゆったりとした時間が過ごせるのに、さびしく感じます。思い描いていた未来は来なかったけど、今だってそれなりに悪くない日々なんだって気付きます。もちろん大変なことばかりだし、未来は明るいとはいえないけど。


長男、今ごろぐっすり眠れているといいな。

明日、運動会ができるといいな。