だんだん暖かくなってきたので、今週から子どもたちとの散歩を再開しています晴れ


昨日、スタスタと一人で行こうとする長男に、

「先に行かないよー、手つなごうねー」

と私が手を差し出すと、長男も振り返って手を伸ばしてくれました。そしてなんと、なんとですよ!私の指を自分から握ってくれて!そしてほんの数歩だけどそのまま一緒に歩くことができましたニコニコ


今までの長男は手だけは伸ばしてくれるものの、握ってくれることはありませんでした。そして私が手を緩めればスルリと逃げられてしまうので、長男の手や手首をガシッと掴むように握らざるを得なくて。手をつなぐというより…私が一方的に連行しているような感じ?


そんな背景があるから、とても嬉しかった泣き笑い

歩いた距離こそほんの数メートルだけど、大きな前進です。この一年間してきた、歩行訓練を兼ねた散歩は無駄じゃなかった…!


お互いの手をつないで一緒に歩くって、何気ないことだけど尊いな。キュッと握ってくれた小さな手は、私の心まで温めてくれるようでした。


でも、今日また久しぶりに弄便…真顔

まだ胃腸炎を引きずって軟便気味なのに弄便…

私、コロナの後遺症でいまだに鼻があまり利かなくて。洗い物してる隙にやられました魂


上げては落とされてるのが障害児育児だなぁと思いつつも、胃腸炎の洗礼を受けたからか?吐瀉物より便の方が始末は悪くないなと汚れ物を手洗いしながら実感していました真顔


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リエゾンというドラマが今話題ですね。

発達障害が題材になっているということもあり、フォロワーさんの中にも感想書いている方がかなりいらっしゃいます。

ちょっと気になったので、ドラマのあらすじを追ったり、原作漫画をアプリで少しずつ読み進めています。観てる暇はないので視聴は諦める(笑)


考えさせられるお話だなぁとは思いますが、重度知的障害の子の親である私からするとあんまり自分と重ねられないというのが本音かな…


例えば「この子がいじめられませんように」と願う自閉症児の母親の気持ちとか。長男にはそのような思いはないキョロキョロ

長男は障害の重さゆえ脱走や異食など危険な行動をしてしまうので、常に大人の見守りが必要。多分成長してもそうだと思います。だから、いじめに遭うシチュエーションはなさそう。どちらかというと世話人や支援者からの虐待の方が心配かな。


支援学級に対する偏見とか、「普通とはなんだろう?」という問題提起も、ピンと来なくて。

長男は支援学級ですらレベルが高すぎておそらく行くことはできないし、長男の障害は『みんな違ってみんないい』『個性』みたいな言葉で片付けられるものじゃないから。弄便とかしちゃうし。

素直で可愛らしい子だけど、でもやっぱり明らかに普通じゃないから驚き


同じ自閉症でも、知的なしの子、軽度やグレーの子、中等度〜最重度の子、そのそれぞれの親は何もかもが違いすぎるので、障害受容の過程や親の思いだって全然違うのだろうなと改めて思いました。

大変さの種類が違う。

そしてきっと、どれも大変悲しい



私が障害受容できずに一番苦しんだのは、長男に診断が付く前の2歳過ぎの頃。


あの頃の私に教えてあげたいなと思う。

私たち親子は『普通』というレールからは完全に外れた道を歩くことになるけれど、でも我が子と手をつないで一緒に歩ける日が来るよって。

そりゃいつもハッピーってわけにはいかないけど、未来はそんなに捨てたもんじゃないよって。