最近、小学校時代のクラスメイトの男の子のことをよく思い出します。仮に、その子の名前をタカシくんとでもしておきます。

彼のことを思い起こす理由。
それは、彼が軽度の知的障害をもっていたと推察されるから。そして、知的障害をもつ長男の親となった今、他人事とは思えないから。

タカシくんは特別支援学校に行くレベルではありませんでした。身辺自立できている。一人で登下校もできる。一斉指示にも従える。情緒的な問題(癇癪や他害)もほぼなし。
だから、普通学級に通える事案とされたのでしょう(ちなみに、うちの学校には当時支援学級はありませんでした)。

でも、勉強や運動はついていけなくて。
字もうまく書けず、ことばも不明瞭。
授業中離席して、テーブルの上に乗ったり、ふざけていたずらをして、先生に叱られて取っ組み合いになっていたものです。

当時はさしたる配慮もなく、普通学級にいるならこれくらいできるよね?という対応でした。今思うと、タカシくんはストレスを抱えながらもうまくできないことをやろうと頑張っていたのだと思います。

その小学校は児童数が少なかったためクラス替えがなく、6年間同じメンバーでした。みんな仲良しで、優しくて理解があり、いじめもありませんでした。
私とタカシくんは仲良しで。お互い、生き物が好きだったからかな。外でカタツムリを観察したり、校内で飼ってるヤギと遊んだり。
楽しい思い出がたくさんあります。

ただ、他学年(特に年下)の子はタカシくんをバカにして、学校行事の時にうまくできない彼をからかうことが多かったです。
タカシくんは、うまくできないからやりたくない!と駄々をこねることなく、からかわれても淡々とやってました。心の中をうかがい知ることはできませんでしたが、きっと傷付いていたと思います。
そして、同じ学校に通うタカシくんの弟は、そんな兄のことを疎ましく思っているのがよくわかりました。

教師も6年間で入れ替わるので、タカシくんと相性のいい教師もいれば悪い教師もいて。『相性のいい』とは、優しいだけではなく、ちゃんとダメなことはダメと言える先生かな。
相性のいい教師はクラスみんなからも信頼され、逆に相性の悪い教師はみんなからも評判が悪いというのが面白かったな。言い方は悪いけど、出来の悪い子への接し方ってその人の本性が現れやすいのかな…?
私も自分は温厚だと思ってたのに、今は長男に怒鳴ってばかり。こっちが素だよなぁ…

もう20年以上も前の話だけど。
タカシくんレベルの子でも、普通の小学校に行くことはかなり本人に負担があるように見えたこと、また同じ学校に通うきょうだいのことも思うと、いろいろ考えてしまいます。
2歳半で中度知的障害の長男は支援学級に行けるくらいに伸びたら御の字、親としてはできれば支援学校に行かせてやりたいと思ってしまいます。

さて小学校卒業し、中学進学した私たち。
タカシくんはどうなったかというと…

続きます。