こんにちは
朋美です
昨日は朝からめちゃくちゃノートタイムがはかどり、気付けば3時間も熱中して書いていました笑
書いてるうちにどんどん色んなことが繋がっていき、次から次へと言葉が溢れて書き続けていました。
それは"感動"について、です。
めずらしく家で音楽を聴いていたら、何故だか涙が流れてきて止まらなくなってしまい、完全に頭も心も全部持ってかれてしまった。
魂ごと持っていかれるような感覚でした。
あーこれが"感動"だな、私は今とても感動しているんだ、とそのとき泣きながら実感しました。
"感動"というのは、共感や感情移入とは違います。
ラブソングとかだと、これわかる!私も感じたことある!みたいな気持ちになるものが人気だけど、それはたくさんの人が自分の経験と重ねて共感できるから。
感動はそれとは別物。
【感動】
美しいものやすばらしいことに接して強い印象を受け、心を奪われること。
心を奪われる。
まさにこの表現がしっくりくる。
自分の心なのに自分のものじゃないみたいに一瞬にして埋め尽くされてしまう。
私はずっと演劇をやってきたから【感動】という言葉は割と身近なもので、受けとるものであると同時に与えたいものでもありました。
表現者はみんな"感動を与えたい"="誰かの心を動かしたい"と願っていると思う。
まず純粋に自分が感じたものを表現したいという欲求があって、その先に自分が感じた素晴らしいものを伝えたいという願いがある。
誰よりもまず自分自身が感動している。
そして、その感動するという体験がとても素晴らしいと知っているから、人にも感動を届けたいと願う。
自分自身の心が動いていないものは人にも伝わらないし、そもそも本気で伝わりますようにとは願えないはず。
絶対的に自分が先!!
表現する側の感受性が豊かでなければ、感動を生み出すなんてことはできない。
自分の中身全部持っていかれるようなあの感覚は、強制的に無になって瞑想と同じ効果があるような気もする。
とても綺麗で澄んだ場所へ連れて行ってくれる。
本当の自分を感じさせてくれる。
より本質的なところに導いてくれる。
こういう経験を人にも与えたいと感じるから、表現し、感動させたいと願うんだろうな。
私はまず自分自身がたくさん感動して生きていきたいと思う。
魂が震えるような経験をたくさんしたい。
たくさんこの人生で素晴らしさを感じとっていきたい。
そして、私の感じた素晴らしさを伝えていきたいです。
