関流砲術を創始した関之信は,米沢藩上杉家の家臣で米沢藩で主流だった霞流砲術を学び,師の丸田九左衛門からその印可を受けた。霞流砲術は,関流砲術の師匠筋であり,関流砲術がその影響を強く受けているのは間違いない。
下は,関流砲術と霞流砲術の鉄砲を並べて撮影した写真であるが,火縄銃愛好家でもその違いをすぐに見分けを付けられる人は意外に少ないのも、また事実だ。
関流の鉄砲と霞流の鉄砲の比較
上が関流の50匁大筒,下が霞流の20匁筒
関流砲術と霞流砲術の鉄砲の大きな違いはその重量である。例えば口径18.7ミリで37.5グラムの弾丸を打ち出せる10匁筒を比べると霞流砲術のそれは6.1キログラムなのに対し,関流砲術のそれは,4.5キログラムしかない。関流砲術は,小銃タイプの10匁筒で霞流砲術のそれよりも1,6キログラムの軽量化を達成しているのである。
米沢霞流の鉄砲
上から30匁筒 重量12キロ 20匁筒 重量9.5キロ 10匁筒 重量6.1キロ
関流砲術の軽量化は,大筒タイプの火縄銃に大きな差となって現れている。50匁大筒となれば重量が15キロ以上あるのが一般的であるのに関流の50匁大筒は,なんと9.5キロしかないのである。
関流の50匁大筒は,軽いから簡単に撃てると思う人がいるかもしれない,しかし,それは大間違いである。関流の鉄砲は,重量が軽いため射撃時の反動が凄まじいのである。取り扱いを誤ると射撃時の反動で射手が押し倒されることがある。また力づくで無理に反動を抑え込もうとして指を傷めた人を私は何人も見てきた。
関流の50匁大筒演武
関流の50匁大筒の筒走り(反動)
銃身の暴れをいなして上手に銃床を着地させました。お見事です。👏
関の50匁は,射手の左足を上げさせるほどの反動があるのです。
重量9.5キログラムしかない関の50匁は,筒走りが凄まじいのです。



