介護の話です。
わが家の自宅訪問のときにも出たことですが、
子育てが終了した女は、当然のように
介護の担い手として期待されます。
私はひとりっ子。そして、夫の両親と同居。
もしかしたら、4人の介護をひとりで担うことに
なるかもしれないのです。
幸い、今は4人とも元気にしてくれているので、
新しい挑戦をするなら、今のこのタイミングを逃したくない。
そんな話をしたのでした。
介護がイヤ、というのとは少し違います。
介護者は、病人が発する負のパワーに晒され続けます。
重労働なうえに、反発されるだけで、感謝されることはない。
さらに、終わりも見えず、どこまでも損なわれていく。
舅の世話をしている姑も、口から出るのは愚痴ばかり。
常に不満をかかえて、それでも自分が我慢するのは
当然と思っているよう。
世話をしている姑も、
世話をされている舅も、
どちらも幸せそうには見えません。
介護する側も、
介護される側も、
どちらにも被害者意識があるようです。
この状況をきちんと認識して、断捨離的に考えるならば、
別の道もあるのではないかと。
いっそのこと、どこかの施設に入ってもらって、
お互い穏やかな気持ちで日々を過ごし、
時々会う時間を大切にすればいいのではないかと思うのです。
残念なことに、そういう発想にはならない。
「薄情」だとか、「妻の務め」だとか、
社会通念に縛られていて、自由じゃないと感じます。
共依存が潜んでいるかもしれないので、
一概にはいえないのですが。
前置きが長くなりましたが、
どの舞台に上がるか、どの舞台から降りるかという話。
やました先生も、↓こちらの記事に登場するトレーナーさんも、
バリバリ仕事をしていたから、
介護世代の女性であるにもかかわらず、
介護の担い手としては、誰からも期待されずに済んだそうです。
断捨離を仕事として、その舞台に上がったことで、
介護という舞台からは降りたのですね。
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