養老孟司教授のPHP新書 | 北条得宗家の鎌倉めぐり

北条得宗家の鎌倉めぐり

鎌倉散策や鎌倉散歩の様子の他に養老孟司教授の著書を中心として紹介

 

御年85歳に老い方と死に方を考えてくれと言われて、そこまで言われても…と思ったという。これ実は私にとっても同じだった。

 

 

まず最初に南直哉(みなみじきさい)。どう考えても「みなみなおや」と読んでしまう。そして福井県は永平寺で修行した僧侶だけに禅宗としては私の考えにも相通じるモノがある。NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022)でマイブーム再来が訪れた私にとっては考えるキッカケにもなる。ウンウン考えた挙句、鎌倉近郊へ引っ越すことにしたらコロナ禍に。20年間の集大成が始まった。

 

 

禅宗だから座禅を組む。そうすると青いオーラが漂っていたという。でも南直哉が若い時だから修行がまだ足りない。現代人はオーラが漂うほど輝いていると思い込んでいるが、それ以前にただの人であることに気づいていない。本来は仏像のように佇んで動かない。永平寺で90歳まで修行すると、そうなるという。別の寺院でも本堂を開けて参拝した時、人は仏像と間違えて撫でまわすとか。その座禅の姿勢を5時間から6時間、保っている。鳥や昆虫が方に止まっていようが、目の前を猫が通り過ぎようが、不動。

 

 

自然と一体化するのが最終目標。もともと養老孟司教授は鎌倉生まれで日蓮宗の家だという。家の出身である福井県の宗派は浄土真宗だから随分、違うけど、とにかく北鎌倉という山の中には臨済宗の寺社が残った。我が家も臨済宗だから割と縁があって、北条氏や足利氏や上杉氏らと同じ宗派なのだ。その扇谷上杉氏ゆかりである海蔵寺の裏手に養老孟司教授の邸宅があって、あそこを通る時に「怖くないですか?」と聞かれるらしい。海蔵寺の手前に大きめのやぐらが一つあって、海蔵寺の裏手のトンネルにも一つ、やぐらが存在するし、海蔵寺の境内、裏手に周ればやぐらだらけなのは知っている。あそこは慣れているかもしれないけど怖くないという。住めば都というが、私とて未だあそこは怖くない訳ではないが、夜に食事に行くなら通るしかない。自然と同化。

 

 

九相死絵巻の話だって見たらグロテスクだというけど、当時は自然のことだった。だから寺社に普通に掛けられていた。こういう教えは「お前もこうなるぞ!」と忘れないように掛けられていた。禅宗の僧侶は風呂とトイレと食事の場所だけは黙る。黙って動く。昔に戻れと言っているのではなく、もっと身体所作を考えよう、ということ。それだけに南直哉はキリスト教に未だ憧れがあるらしい。年齢を考えれば当然かもしれないが、まるで高校生みたいな願望だね。立教大学と青山学院大学を受験するみたいな感覚。答えが一つだけあって神を信じればいい。子供の時の南直哉はキリスト教に入りたいと言ったけど断られたという。なぜなら人を知るのには向いていない。牧師も神父も本当の意味で良い人がいるんだね。本来なら来る人、拒まずでサッサと入信させる。

 

 

知ることとは自分が変わること。これは社会のせいではない。社会を拒否している自分のせいなんだ。養老孟司教授はそういう答えに行きついたという。世間の問題は自分を知ることにも繋がる。つまりは自分の問題。これを自分探しと捉えてはいけない。いずれにせよ本当の自分なんて今そこにいる。他のどこにもいない。本当の日本人は平和主義者である。養老孟司教授は嘘つけ!と思った。戦争が終わったら今度はすぐに変われる。そんなことはあり得ない。教科書でさえウソでしたって墨を塗ったんだから。

 

 

次に生物学者の小林武彦。ここは私にとって非常に難しい問題だった。なぜなら遺伝子やら生物やら化学物質やらが得意ではないから。物理の量子力学や熱力学を極めた方が私にとって興味が出るところだが、とにかく満員状態の電車の中で生きているだけあって、それが寿命にも影響しているとか。とはいえ日本人はここ数年、平均寿命が下がっている。限界突破はしないらしいのだ。

 

 

養老孟司教授にとって完全にアンチエイジングを否定している訳ではない。愛猫の「まる」でも心臓病があった。それは亡くなる前に体調を崩して動物病院に連れて行った時に分かった。猫もそうなのだが、最初は2年しか生きられないハツカネズミの研究から始まって、動物の遺伝子に応用される。もっと遺伝子が壊れにくい動物から取って来れば長生き出来るかもしれない。50年まで生きられるチンパンジーと比較するなら、やはり人間だろう。人間のメスは50歳前後で閉経を迎えても、まだまだ生きている。実は人間以外にも老後を迎える動物は数種、存在してチンパンジーは老後を迎えずに死んでしまう。人間は赤ちゃんが母親に何としてでもしがみつくということが出来ない。抱っこという肩こりの原因にもなるから、そこでバアサンの出番なのだ。一人で生きられないとは、そういうこと。つまり40代より前で子育てが分かる訳ない。不安でデタラメな子育てブログに飛びつく人が少なくない。でも子供は計算で誕生した訳ではないから方法論なんて当てはまる訳がない。20代でなんて、それこそ自分が子供のままだ。

 

 

人間の最高はフランス人のジャンヌ・カルマン(122歳)氏だが、一時期は娘が成り済ました疑惑も持ち上がった。日本で生きている間でのギネス世界記録にも認定されたのは田中カ子(119歳)氏で、消防の電話番号まで生きた。当時、福岡市長の高島宗一郎が直々に祝福。何ともおめでたい話であった。毎日、炭酸飲料を3本も飲むのだとか。いや私なんて、たまの1本で充分。たまたま健康だっただけでしょ?というのは、その通りなのだが、こういうった寿命の研究は東大でも続けられている。日本の若い学生がとろっとしている。ボヤっとなのかノロマなのかは、意味合いは両方だと思われるが、どう考えても研究は天井を突き破れないな。

 

 

東大や京大でも大学院へ進む人は私ぐらいの年代で、だいたい半分ぐらい。それも就職氷河期のツケが回って来て、それぞれ東大生や京大生としてのプライドからの進学だった。大学院を出れば、もっと良い専門的な就職が期待できると思われていたが、その中でも3割程度は研究員として在籍。明治期における高等遊民が現代にも、かなりいるんだとか。その分だけ中国人の方が目が血走っていて、目が輝いて学ぶ意欲が優れている。論文数はかつて日本はアメリカ、イギリス、ドイツに続く第4位だったのが、もはや現在は12位と交代して、今や現在、首位となっている中国に水をあけられている。競争原理の結果、本当の意味で遅れてしまったのは致し方ないのだが、もはや11位の韓国より下になっている。だからって、どうってことないんだけど勉強嫌いが多いね。

 

 

次に経済学者の藻谷浩介。経済発展という幻想を追っている現代人こそ知りたいところ。日本はこれから超高齢化社会に入る。そしてバタバタ死んでいけば高齢化ではなくなる。たとえ少子化でも心配する必要はない。それよりも鎌倉みたいな近所づきあいが残っている場所が、そうそうないのが問題。都市を作れば田畑の場所は自然となくなる。お金ではないと言っているのではなく、お金は使う権利の一つに過ぎず、お金持ちをひけらかす手段ではないということ。日本は持ってることを自慢して使わないから経済発展しない。それは鎌倉あたりを見ても分かると言う。あそこは印象としてお金持ちが多いと言う人がいるけどそうでもない。

 

 

北条経時や北条時頼の母、松下禅尼はケチだった。だからお金がない。鎌倉に経済はないから、栄華を極めた平家により急速に発展した京都に比べると貧乏な街で現在まで至っている。食べ物は農業のみで賄うしかないから天変地異にも左右された。今現在だからこそ私みたいな人間が鎌倉に行くのかもしれないね。小町通りの食べ歩きではなくて、臨済宗の寺社へ足を運べば色々と考えるようになる。これが不思議な現象だが神社だと考えない。例えば銭洗弁財天宇賀福神社を「銭洗弁天」と略している人は初心者だとすぐ分かる。その銭洗弁財天宇賀福神社だって一例として「神社なのに線香の匂いがする」とか「お金洗って濡れないか?」とか、気づくことは沢山ある訳で、人によるかもしれないけど初心者ほど行っただけで分かったつもりになる。以前も書いたけど中年のオバサン三人組が海蔵寺のあたりで「この辺に詳しいですか!銭洗弁天はどこですか?」などとガイドブックお馴染みの質問をしてきた。結構、丁寧に教えたけど、あそこは源氏山公園の入り口あたりに存在していて、鎌倉市役所を左に見て鎌倉商工会議所側の道を行くとスターバックス御成町店があり、その先、佐助一丁目の信号を右に曲がって坂を上がらないといけないのだ。

 

 

迷い込んだ人は必ず同じような質問をしてくるんだよね。初めてだからしょうがないのは分かるから、私なら北鎌倉から鎌倉駅周辺のほぼすべては答えられる。内心では「また初心者が海蔵寺に迷い込んだか!」となるけど、お金にならないこととは、そんなちょっとしたことだって構わない。知識と言うのは自慢するためにある訳ではなく使うためにある。お金もそれと一緒で生きていくための武装の一つに過ぎない。戦後は「お金がすべてだ!」と勘違いしたんだろうね。貯金すれば銀行は儲かるんだろうけど。

 

 

最後に阿川佐和子。新幹線「のぞみ」の名付け親だけに癖があるな~と思ったら、もっと癖にある父、阿川弘之の話も飛び出してくるではないか。兄弟姉妹が4人、病室に集まると阿川弘之が一言「お前らよく聞け。母さんはボケた」と三回繰り返した以外には何も言わなかったというが、本人こそボケてはいないだろうか。ワガママな性格と言うけど、もっと詳しく言うと極度の神経質でこだわりが強く電話の音も気になるほど。ある時、部屋で母と兄弟姉妹で喋っていたら「うるさーい!」とドアを開けて来るので黙っていたら再び「うるさーい!」ともう一度、入ってくる。当然ながら「何も喋ってないけど」という家族に対して阿川弘之は「お前らの気配がうるさい。だから出て行け」というエピソードもある。また寒い冬にレストランなどの開店1時間前で待つのは修行とも言い放つ。戦前の教えが沁み込まれていると言えばそれまでだが、それだけではないようだ。じっくり待つのも重要。

 

 

そんな外食好きから入院前もきっちり食べていたらしい。だから他の老人よりは元気。病室は酒場と化して瓶が散乱していたというが、食べて飲んで、内臓が弱って死んでいく。それは見事だと言う。僧侶が読経しながら死ぬのを大往生だと言うのと同じように、最後は悪くなかったという。生き急いでのたうち回るよりは、ラクに逝きたいというと妬まれ恨まれる。努力しても寿命なんか延びないって。だから評価されることだって、いくら努力しても報われるモノではない。褒められたいうちはまあ無理だろう。

 

 

以前、養老孟司教授が「小さい子供だったら褒められたいと思う子は可愛いですけどね」なんて述べていた。裏を返せば、いい歳こいた大人こそ承認欲求が強いということだ。インターネットとかよくやるな~なんてボヤいていた。あくまで手段の一つとして用いられているのであり、こういう発信というのは我々、新人類にとって欠かせないモノになってしまった。阿川弘之は広島出身で、大阪出身の両親が終の棲家として引っ越した先で産まれたらしいのだが、そういう戦争を想起させる場所とは別として養老孟司教授も新人類に括られるから、やはり少なくとも団塊世代から「個性を発揮しろ」なんておかしな理想が蔓延していた。これだけすし詰め状態の日本において個性を持ち込まれると、とても厄介な状況にならざるを得ない。世間に目を向けた方がラクなのかもね。養老孟司教授は娘に頭が上がらないらしい。養老暁花氏の、あの太った体型…何でもない。パワーが違うと言うけど、取り敢えず糖尿病は気になるところなんだろう。目が見えなくなって足も切断したら大変だからね。病院嫌いなのも、ほどほどにね。

 

 

中川恵一特任教授に救われた。身体の声を聞く。それは自分を知ることにも繋がる。糖尿病が重症になってくると食べても、どんどんやせ細ってしまう。そこから血液検査などを経て心筋梗塞が見つかった。心筋梗塞特有の波形が見られたのは初めてだというけど、すべての治療が完了したから構わない。昆虫採集さえあれば生きていける。老人というのは好きなことが一つあれば他は衰えても生きていけるんだろうね。夢中になることが一つあればいい。カブトムシやクワガタを獲って喜ぶのは自分。他の誰も喜ばないけど、それでいい。今現在の日本人は自分にとって面白くないことがあるから他人の不幸を喜ぶ傾向があるんだよ。それは自然を失ってしまったのと無関係ではないと思う。他の人が一緒に喜ぶことこそ幸せだと勘違いしている。日本人はもともと意地悪な性格だから経済発展しないと言われるけど、だからこそ経済発展なんてしなくていい。何でも良いことと悪いことがあるのだ。

 

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