養老孟司教授による人生論 | 北条得宗家の鎌倉めぐり

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鎌倉散策や鎌倉散歩の様子の他に養老孟司教授の著書を中心として紹介

 

以前に出版された単行本が文庫化された。こういうのは名著として語り継がれ、より多くの人に手に取ってもらうようにしているらしい。そして以前にも書いた覚えがあるが、死の語りから始まる。死とは何か。それは本当は現実のものではない。自分が死んだらどうしよう、などと考えているのは生きているから。死んでしまったら、怖いもクソもない。でも生きている間は恐怖感を覚えてしまう。私もこの記事を書いている前後に死の恐怖を感じて夜に寝汗をかいてしまった。1月から2月にかけての頃であろう。

 

 

つまり死の現実とは死体。物質が残るだけ。意識はなくなってしまう。すべての患者はいずれ亡くなってしまう。今現在、死を運だと思っている人はいない。しかし死亡率は絶対なのである。従妹が24歳で亡くなって私は変化した。自分の変化とはそのこと。

 

 

古事記と日本書紀が出来る前は戦国だったに違いない。平城京から平城京で安泰な日々。そこから乱世があって江戸に至る。鎌倉幕府が成立する直前、源範頼と源義経が平家の公達の首を京中に晒すと言う。後白河法皇は反対する。死罪が初めて適用された瞬間だった。そのように日本でも世間は変わる。まさに諸行無常なのである。さらに平家の年寄りは長生きしたばっかりに一族滅亡を見送った。今現在の人は長生きがすべてだと思っているに違いない。これは正しいとか間違っているとかではなく、生死は運であるということ。養老孟司教授も65歳にして「バカの壁」が三百万部も売れた。これも「おかげさま」ということ。自分一人の実力ではない。そう考えると実力主義って何だ?となる。研究もまたお金の力なのか、自分のやった本物の研究なのか、ということなのだ。何事も意識だけで上手く行くはずがない。私みたいなチビが頑張って牛乳を飲んでも背が伸びないのと同じ。分かることとは脳の機能なのであり、本当の世間はよく分からないことだらけなのだ。コロナも戦争も本書の出版以降の時期では終わらないだろう。トルコの地震が来る限り当然、南海トラフに端を発した東南海地震も来るわけで、富士山大噴火もスタンバイ中でいる。

 

 

人間にとって、よく分からないことは、これまでも起きた。そして、これからも必ず起こる。祟りで風邪をひいてしまうかもしれない。だからこそ人命の大切さがよく分かることだってある。ただの風邪ならすぐ寝る。治らなければ医者に診てもらう。その当たり前のことが、現代人にとっては当たり前ではない。宗教的な価値観の否定から科学は生まれ、進歩した。西洋はそうだった。

 

 

しかし、その西洋近代的自我の怪しさについて「バカの壁」で散々、説かれてきた。教えを説くというより、あれは養老孟司教授が喋ったことを新潮社の担当者がまとめたもの。タイトルも自分で決めた訳ではない。もっと脳の機能的なことを知りたいと思うなら「唯脳論」や「養老孟司の人間科学講義」にも述べられている。これまで養老孟司教授が述べてきたことは変わらないのだ。

 

 

言語の話題では、中国語に助詞や助動詞はない。日本語にはある。中国で人間とは「ヒトのあいだ」を指す。中国語は「人」で済む。中国語では世間のことを表す「ジンカン」が日本では人になるということ。つまり世間に入ることによりヒトとなる。だから中国人から見ると、日本人は生きていないという。ドイツあたりの人達も同じことを言う。日本で個人主義は大嘘だということ。

 

 

それが分かるエピソードとしてハンセン病がある。つまり日本人は今現在に限らず、昔から排除する癖があった。これをイジメと呼んでいるのだが、その個性は身体にあるから、なぜしょうがないと思えないんだろう?というのが養老孟司教授が込めている疑問と怒りなのであろう。重症サリドマイド児の死亡率だって欧米よりも日本の方が高い。つまり殺していることを世に堂々と広めていない。君は生まれてきたらダメだよってことなのだ。つまり世間のことについては、何も考えずに生きてきた感は否めない。

 

 

19世紀の終わりにノーベル賞が出来た。アインシュタインは相対性理論を解き、天才だと言われ、のちにノーベル物理学賞を受賞したから、ちょっと変わったことをやっているのだろうと誰もが思う。しかし、なぜノーベル賞が取れるのかと言えば、他者も理解できるからなのであり、そんなのは個性でも何でもない。A君とB君が材料をごちゃ混ぜにして新しい物質Zが出来たとする。それだけで科学は証明されない。つまりC君とD君も材料を同じ方法でごちゃ混ぜにして新しい物質Zが出来ないと、出来たと証明されない。科学とは、論文やレシピを見て同じ方法で、同じことが出来ないと証明されない。そこに科学のおかしさも、あるのだ。

 

 

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の神話の中に弟橘媛(オトタチバナヒメ)が出てきて、荒れ狂う海の中で浦賀から房総半島に渡るための船が沈まないように、海に身を投げる逸話がある。そうしたら荒れ狂う海が自然と鎮まり返った。こういうのが治まる現象であり、人柱という。その人柱が共同体の元になった。日本は古来より、そうやって災害を生き抜いてきたということ。今現在は、その共同体が完全に崩れているため無関心世代が増えてしまった。これは世代や時代ではなく都市化の影響が大きいのだ。

 

 

一致団結が悪い面もある。養老孟司教授がいつものように解剖学教室で研究していると、覆面を被った学生らがワッショイワッショイやってきて「この非常時に研究なんてしている場合か!」が最初のセリフ。そして教室を滅茶苦茶に破壊され、追い出されてしまった。養老孟司教授はノンポリを自負しているので学生らの茶番劇に付き合う暇はなかった。ほとんど怒らない養老孟司教授でさえ顔が真っ青になっていたという。だから「山本義隆!こらお前、総括しろ!」というのは分からなくもない。当時、経験した人達の多くは「あれは一体、何だったんだ?」と思っているに違いなかったはずだ。太平洋戦争の経験は、亡霊のように蘇る。

 

 

思い出の回帰といえば、東大グラウンドに集まった千人ほどの民生系、共産党系の学生が集まった時のこと。正義が集団化するという現実を太平洋戦争と照らし合わせて回想していたという。訓練と称して持っていたのはなんと竹槍。バケツリレーに竹槍といえば太平洋戦争だけど、民生系の学生が竹槍を振っていた。別に意味はないし、大きな目的もない。ただ一つ革命だけが彼らの使命だったように思うらしい。その全国規模における革命家が集まって組織された革命軍は、のちに日本赤軍と呼んだ。テルアビブ空港爆破事件は、世界初の自爆テロだった。イスラム教のコーランによれば、元はキリスト教と同じく個人の尊重であり、命を大切にするもの。本当は逆で、日本人は無宗教だからこそ現在でも自殺が相次ぐ。思想は恐ろしい一面も持っている。そうでしょ?

 

 

その思想が正しければ問題ない。武器を持って戦う必要がない。いずれ正義が勝つなら黙って見ていればいい。でも現実は違うのだ。マルキストが実行されるとおかしくなる面も持っている。これ正しいとか間違っているとかではない。身体が余ったから体を動かすのに武器を持つ必要はない。考え続ける必要がある。付け加えると近年、斉藤幸平が新しいマルキストを唱えている。収入をある限度額に設定し、それ以上、稼ぐと貧しい人に一旦、配布し、さらに仕事を分けるというもの。これも考える必要がある。

 

 

考え続けるエピソードといえばファーブル昆虫記がある。ファーブルは蜂の生態を観察するのに道端でずーっと座って観察していた。野良仕事に出かける近所のオバサン二人が通りかかる。そして野良仕事から帰って来ると、まだファーブルがいる。当然ながら「あの人、変」となるに違いない。しかし、そこには忍耐力が関係していた。忍耐って痛みに耐えることではなくて、そういうことも本当に限界に達すればあり得るけど、忍耐と根性の本当の意味を履き違えていないか。学問も世間も、忍耐と根性なのだ。

 

 

世間について一度は考え続ける必要があるに違いない。他人任せにしてはいけない。日本人はわりと他人や世間のことについて考える機会は少ない。だから中国人もドイツ人も、日本人は生きていない、というイメージだったのだ。お金のことについても、現代人は金持ちが生きることだと思い込んでいる。だから老人が「若いお母さんがお金下さいとすぐ言う」などとブツブツ怒るんだけど、政治を知らない人に言っても分かる訳がない。出所は必ず共同体であるところを知らない。簡単に「ありがとう!」なんてセリフはきちんと考えていれば出て来ないはず。子供だけが人間なのではない。その人間とは、やはり世間のことに尽きるのだ。

 

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