NHK大河ドラマ鎌倉殿の13人に合わせ北条氏得宗家を解説 | 北条得宗家の鎌倉めぐり

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鎌倉散策や鎌倉散歩の様子の他に養老孟司教授の著書を中心として紹介

 

どうやらNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で話題となったようだ。鎌倉幕府といえば、源氏と北条氏と二通りあるが、ここでは、いわゆる執権政治であろう。これまで本郷和人教授の文春新書は3冊所有している。そこまで歴史好きというワケでないが仕事していると共通点が見えるね。

 

 

その『鎌倉殿の13人』の13人とは「十三人の合議制」から来ている。それぞれ、大江広元、中原親能、二階堂行政、三善康信、梶原景時、安達遠元、安達盛長、八田知家、比企能員、北条時政、北条義時、三浦義澄、和田義盛、ら。教科書では聞いたことのある人物が並んでいるようだ。私は歴史マニアでもないし、詳しくもないから、鎌倉に行く前に予習しておくのみ。寺院に行ってボーっと眺めるのも悪くはないんだけど。 

 

 

最初は、やはり源頼朝から始まっているものの、本書は、あくまでも「北条氏の時代」であり、北条政子を中心に描かれている気がする。以降は同様に続いていく。いわゆる幽閉されポコチンを切られてしまった(食事中の方失礼)鎌倉幕府二代目将軍・源頼家も同様に北条側の見方である。だいたい北条氏とは誰だって感じで歴史史料的には記述も何も存在しないようだ。伊豆の出身であること以外はよく分からないのだ。

 

 

江間義時というのは、何となく聞いたことがあった。北条義時のこと。北条時政から一応はスタートしているものの、実は本家ではないのだと。

 

 

本家以外にも土地を与えてイエを作らせている。三代目・北条泰時、五代目・北条時頼、八代目・北条時宗、九代目・北条貞時、十四代目・北条高時、らといったスターが本書には次々と出てくる。それぞれが主人公になっており、その時々の様子がリアルに描かれている。分厚いな。

 

 

歴史の本とは教科書を基準にしながらも、その記述を疑ってみるところに良さがある。なぜ征夷大将軍でないのかは執権政治だったから。そんなもん分かってるワイ。そういう人も少なくないと思う。しかし、なぜ執権政治でなければならないのかは、野蛮極まりない北条氏だったからこそだというのは、恐らく知らないと思う。この当時は政治がどうのこうのとはいえ、軍事力がすべて。つまり、身体表現や身体所作がすべて。

 

 

執権ファーストでありつつ、蒙古襲来に備えていたのが、北条氏にとって、最も危険な状態だった。神風なんて吹くわけないでしょうに。いわゆる文永の役と弘安の役というのは、江戸時代に入って水戸光圀が大日本に編纂したモノ。当時のモンゴル帝国は東アジアから中東のほとんどを占領していた。実は、なぜ海を渡って危険な思いをしてまで日本を訪れたのかが、未だ分かっていない。ヨーロッパの方が陸続きなのに。

 

 

九代目執権・北条貞時の三男として生まれた北条高時。京都で、後醍醐天皇が鎌倉幕府の転覆を図った正中の変が起こる。ちなみに、討幕計画は六波羅探題によって、未然に防がれている。しかし、北条高時の後継を巡って対立。嘉暦の騒動という内ゲバから、隠岐島を脱出した後醍醐天皇によって、攻略される。北条一族の名越高家と御家人の筆頭である下野国の足利尊氏を京都へ派遣するが、足利尊氏は後醍醐天皇側に寝返ってしまった。時として内紛は自分に向けた刃にもなりかねない。長い物には巻かれよ、というが、果たして良いのだろうか悪いのだろうか。北条高時は北条家菩提寺の葛西ケ谷東勝寺へ退き、一族や家臣らと共に自害する。東勝寺というのは現在は跡のみになるね。

 

 

ちなみに東慶寺というのもある。男女平等であったところに注目。女性向けの悩みを聞くための駆け込み寺で、離婚調停の役割も果たした。

 

 

今だからこそ言える。NHKの関係者から聞いた話では、最初に時代考証を呉座勇一氏が担当する予定だったものの、北村紗衣氏に対する、中傷投稿(インタビューインタビュー)があったために、敢え無く降板。間抜けというか、そんな下らないことで仕事失ったら痛いでしょう。ところで後任には坂井孝一氏が選ばれた。若い人よりも、むしろ中高年の方が情報リテラシーに欠けるよね。撮影現場は滞りなく行われ、戦闘に精を出す小栗旬版北条義時。よく頑張りました。鎌倉への観光客も、より増えて、その経済効果は新型コロナウィルス前を、遥かに上回る。

 

【ニューソース】

文藝春秋社・文春新書 公式サイト

臨済宗大本山・円覚寺 公式サイト

臨済宗円覚寺派・浄智寺 公式サイト

臨済宗円覚寺派・東慶寺 公式サイト