山本博文なので期待せず、取り敢えず、流れで購入してみた。学びなおし、はもういいよ。だけど、筆者がコイツで、となると買ってしまうのだ。
基本的には角川まんが学習シリーズ『日本の歴史』と被っているようだ。そういう意味で東大流とは、丸暗記のみではなく、流れをつかむことにある。それは分かっているが、こういうモノを母方の祖母が送ってきた記憶がある。流れをつかんだところで、東大に行けないのは、頭が悪いからだというのは、言うまでもないが、学生時代の勉強って、好きなことだけやっていれば良いわけではないしね。ウチは両親方とも、イエとしては勉強にウルサイから、仕方なくやらざるを得ないんだけど。子供の頃にキツイことを仕方なくやるって、大人になっても…性格出るよね。
日本の歴史の起点って、宮崎県の高千穂に天照大御神の次男の曾孫が降り立ち、その子供が神武天皇であると『古事記』に書かれていると言われているけど、今や信じる人は誰もいないでしょ。それより以前の旧石器時代は、群馬県で新聞配達をしていた相澤忠洋という人物が岩宿という場所で石器を発見し、専門家に調べてもらったら、旧石器時代のモノで間違いないということで、せいぜい3万5000年前ぐらいから日本の歴史が始まっている。もし天皇が神の子であれば…日本の歴史はさらに短く、数千年ということにしかならない。都合が悪かったんだ。
内容は教科書的に書かれていて、疑問形として「主張・否定・検証・因果」の順に書かれているところも、東大入試的。私は、こういうのすごく苦手だったけど、実はウチの姉も、あまり得意ではない様子だった。特に驚きの部分はなく、むしろ呆れてしまうかもしれない。例を挙げてみるなら、聖徳太子が厩戸王になっているのは知っているし、鎌倉時代も「1192(イイクニ)」ではなく「1185(イイハコ)」になっているのも知っている。聖徳太子というのは死後の仏教的な法名のようなものだし、そもそも、聖徳太子自体が存在しなかったということも。やっぱり曽我氏の誰かだったりしてね。後から「実は作り話でした!」なんてのは、結構あるでしょう。誰かがタイムスリップして見たわけではないしね。聖徳太子とされている人物画の持っている杓が奈良時代に中国から伝わったモノだというのも知っている。何となく時代的におかしくありませんかね?
最も反論すべきは、太平洋戦争と学生運動だね。太平洋戦争は、恐らく、大東亜共栄圏を目的としていたのが、結局は、物資のルートであると共に飛行場の確保だった。特攻隊が山本博文の言う通り武士的だったら、私は「ではなぜ上官は逃げ出したのか?」と、問うてみたい。コレ実は武士ではなく集団的自衛権にあると思っている。いわゆる「日本人は集団主義だから親切で優秀である」という表向きな理由が、誰かのために、という目的を、天皇のために、にすり替えていた。そのことが学生運動にも如実に現れているし、日本の社会には蔓延っているわけ。
学生運動もルサンチマンだとは思えないね。むしろ、太平洋戦争と同じように、目的を達成出来ず、訳が分からなくなって、たとえ左翼思想であっても真面目な人は、就職した。私は山本義隆先生に会ったことあるけど、詳しくは聞いていないし、聞けるわけはない。だけれども、せいぜい少しは、考えるべきだと思っていた。たぶん私みたいに中間に寄ったんだよね。しかし、一方で、極左暴力集団も形成され、日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」には「革マル派」「中核派」がどんなのか、書かれているけど、いわゆる内ゲバが実行されたのは、目的さえ、見失っていたからとしか、思えない。訳が分からなくなって、滅茶苦茶なのは、別に現代人のみに限ったことではなく、むしろ「よど号ハイジャック事件」や「テルアビブ空港乱射事件」や「あさま山荘事件」というのは、その頃の人たちの方が…身体と脳が、ともに激しかったことを示している。
だけど考え自体は、間違っているとは思わない。事実、戦後の我々は口から出まかせのビッグマウスで「自由と平等」を標榜してきて、実際にアメリカみたいな国を目指したものの、何かを履き違えてきたってのは、実は、アメリカは多民族国家だから個人主義にならざるを得ないのであり、フランスも移民が多く、社会から個性を創ることを強要される社会なのであって、今現在の日本みたく、個性を発揮する社会ではないから、日本人が親切だと口で言う割に、乱闘シーンを見ると、放っておく人が多いでしょ。フランスでは見殺し罪になりかねないから、取り敢えず日本人お得意の見て見ぬふりはせず、通報する。どっちにしても、良いところと悪いところの両方が存在する。そこは、説明して欲しかったな。
【ニューソース】











