私の祖父は社会党応援団だった。もっと正確に言うと、石橋政嗣の応援団だった。日本社会党・委員長は、当時、副委員長だった土井たか子に譲られる。あれから30年以上が経つ。自民党一党独裁体制だった日本の政治は、2009年に旧民主党に委ねられたが、福島第一原発のごとくメルトダウンして自爆した。しかし、それでも、私的には、保守派と革新派が政権交代しないのは異常だと思う。右翼の日本人が「文化が遅れてる(爆)!」とバカにしている韓国や台湾でさえ、その都度に渡ってきちんと政権交代を果たしている。そろそろ、限界まで来ているのでは。
自民党による自己責任論は、もはや崩壊している。いわゆる「自分さえ良ければいい」とか「今さえ良ければいい」というのは、戦後日本においての”常識”といえるモノだった。ただし、世の中が悪くなると誰かのせいになる。美意識を取り戻す時代は、明治から昭和初期で終わった。
2017年10月、枝野幸男は立憲民主党を起ち上げた。自民党の対抗馬としての最大野党であったが、当初は、小池百合子・東京都知事、率いる希望の党への合流話があった。枝野幸男は、これを断った。当然だが、小池百合子は元自民党員で、最右翼である。つまり、大阪で結成された「大阪維新の会」や「日本維新の会」と同じ。もともと中道である旧民主党としては、この話を呑み込めない。だから新党結成なのである。
最初はどんなモノかと思ったが、当たり前すぎて、そして、私と考えが同じ過ぎて、笑えるぐらいニヤニヤしてしまった。立憲民主党こそ保守本流である。これが巷では「分かりにくい!」という声があった。しかし、今現在の自民党を見れば、まるで、中国共産党のごとく「右向け右!」の世界観であったり、太平洋戦争前に、天皇に対して忠誠を誓ったように、首相や幹事長に対して、忠誠を誓う議員は、数多い。そういう意味では、自民党こそ革新的だったりする。一党独裁体制を拡大させている。共助とは、そういう意味でないのは当然だが、なかなか、難しいところ。
あくまで例えばの話だが、5人で蕎麦屋に入ろうとなった時、1人がそばアレルギーで食べられないとする。そうしたら、4人だけで食べるのではなく、5人で別のモノが食べられないか、話し合うのである。つまり、ヨコの関係である。たまにインターネットで相談してくれって人がいるけど、事実として相談して欲しいという人は、暇なのか、あるいは他人と馴染めないとか、上から目線とか、教えを乞うというのは、つまり、そういうことである。一人が勝手に喋って…聞いている方が、反論もせず、ウンウン頷く状態なのであり、コレは異常だ。物事に正解はないハズである。
福島第一原発で我々が学んだことは、完璧はない、ということだった。自然エネルギーの活用を重視するために、どうすればいいか、考える。
自民党は、原子力発電所を造れば労働者が増えるから、という理由で、地元の議員や市長・町長らと癒着し、カネ(我々の税金)を、ばら撒いた上で、良い人ぶっている。本当は悪い奴らなのに。これが柏崎刈羽原発や高浜原発などの問題にも、影響していたのである。関西電力だ。
日本人は、タテ社会を作るのは上手だが、ヨコ社会を作ることは、極めて苦手。やはり、もう一度、考え直す必要性に迫られている。石油がいつか枯渇するのは、分かっているハズ。だからといって、山の木を再び斬り倒す訳にはいくまい。電気だって…実は石油で動かしているのだ。
ウソつき安倍晋三がやりたい放題やったツケは、現在も続いている。コロナが悪い。そういうことではなくてね。ではコロナがなくなれば、天にも届くほど、良い世の中になるのか。それは絶対にない。新型コロナウィルス(COVID-19)は、森友学園や加計学園など、いわゆるモリカケ問題がなければ、ここまで税金をたらふく出すこともなかった。石原慎太郎のような老害による気分でオリンピック開催も…異常とさえ言える。
獣医学部を設置するにしても、本来は京都の方が良いに決まっている。交通の便を考えたら、私だって京都産業大学の方が良いと、分かる。
普通に考えたら、安倍晋三を良い人だとは、関わった外部の人なら、誰も思わないだろう。北朝鮮拉致被害者はどうした!と怒りたくなる蓮池透氏の気持ちだって、分からなくもない。自民党が本当に保守主義で新自由主義であるなら、他人の気持ちが分からない日本人が、増えた。
福山哲郎や泉健太といった新しい顔ぶれも、立憲民主党の最大の特徴である。だいたい「リベラル→左派系→批判的」という訳の分からないレッテルを貼る人たちがいるけれども、そういう思い込みの激しい御託は置いといて、新自由主義の限界を、立憲民主党が、是正しようというワケだ。当然のことである。だって「自分さえ良ければいい」とか「今さえ良ければいい」で、どれだけ苦しんできたか。給料さえ貰えればいい、というサラリーマンみたいな話ではなくてね。日本の社会って八つ当たりが激しいでしょ。他責社会ではなく、あくまで共助社会の実現なのだ。
明治維新以来、自由競争を重視して成し遂げた大量生産による経済成長は、人口減少やグローバル化の中で限界を迎えていると、指摘している。その上で、行き詰まった「近代化」から脱するためには、医療や介護、子育てなどのベーシックサービスを充実させ、将来への不安が少ない「支え合い」の社会を構築し、国民消費を底上げして内需を拡大する必要がある。つまり、上とか下とか、ではなくヨコの関係を重視する。
自分が輝く社会を実現させる菅義偉。男女平等を否定された稲田朋美。元暴力団の夫がいる野田聖子。LGBT差別が大好きな杉田水脈などと、男女差別やLGBT差別を肯定する女性議員が集まる自民党。女性議員が自民党にいるのは、パフォーマンスだと、なぜ、分からないのだろうか。ただ単に味方の数を増やしているだけの話であり、誰もが輝ける社会など…あり得ない。多様性のない社会は必ずや滅びるのだ。
当然と言えば、当然なんだよね。こういうのを、年齢のせいにする人がいるけど、私は当サイトにて、養老孟司教授の著書で散々、書きまくってきたように「脳(思想)は変化しない」と述べて「変化しない代表が宗教や文化だ」と言ったはず。変化するのは身体だとも書いたはずなのにね。つまり、脳の思い込みというと、怒る人がいるけど、結局は、脳の問題なのである。人間だから、そもそも政治を脳でやっているのである。
地に足のついた外交政策を進めるのも、立憲民主党の特徴である。だいたい、世界には、アメリカとイギリスしかない、なんてことはない。フランスのような中間もあれば、ロシアや中国もある。中国の勢力が拡大している現在であるが、中国問題の前に、ロシアと平和友好条約を結ばない限り、北方領土問題は、決して解決しないし、香港や台湾との問題も山積しているが、自民党は、これを事実上、棚上げしている。世界の安全保障問題は、すべてをバランス良く考慮に入れないと、解決にはならない。見方を変えるなら騙されないためには、肯定論も、否定論も、聞かないとダメなのと同じ。好き嫌いだけでは、気分の問題だけで…何の得にもならないのと同じなのだ。挑戦はまだまだ続くと言えるだろう。
【ニューソース】







































































































