脚下照顧・・・他人に求めず自分で心を磨き悟りを開くという意味の仏教用語。
第一刷はなんと2019年1月1日というお目出度い日であり、その第一刷を買って温めておいた。なぜか忙しくて読む暇がなく、こんな時期になって一気に読んだ結果、夏休みの読書感想文的な様相を呈している。そもそも「BOOK」コーナーは音楽関係だけにするつもりが、せっかくなので読んだ本で魅力のあるものは書き続けることにしている。
外山滋比古なんて懐かしいな~と思いながら目を通した。あれは『思考の整理学』以来だったか、大学受験前に姉が買ってきたのを読んだ記憶がある。とはいえ、やはり東京の実家にまだ置いてあるか分からず、家じゅうひっぺがえすハメになったが、やはりなかったのでこれまた新しいのを買い直すハメに。文庫は安いから別にいいんだけど、コレと思った本は新品を買う。それを高校時代に副教材で渡された国語便覧を使って選んでいたから、他人の戯言はまず聞かない。大抵、どこそこも分からない人の意見は霊媒師と変わらないとさえ思っている。
バスの揺れを人生に例え、それに脚下照顧を見出す。やはり人生は波があって、どんな時でも迷ったり悩む時はある。しかし、そういう時こそ他人に求めることなく自分で開拓していかなければならない。私が人生相談をしたのも母親のはとこであるシスターのところに行った1度だけ(ほか遊びでは多数)。むろん、怪しいカルト教団などではなく、ぶっちゃけノートルダム大聖堂やノートルダム清心女子大学などと関係のある宗派だから、不安ではない。現代人は何かと宗教を信じない。いや、信じているじゃないか。創価学会どうですか?とか、実家のポストに幸福の科学や統一教会のチラシや葉書やパンフレットが入っていて、正直言ってウザいんだよ。その方が信用できねーわ。
だったら本当に日本人が親切なのか比べてみるか。実験では、アメリカ人とイギリス人とフランス人と日本人で、小学生が高齢者やケガ人にどのぐらい席を譲るか、ではアメリカ人とイギリス人とフランス人が約半数だったのに対し、日本人は1000人ちゅう190人しか席を譲らなかった。こうすると中年共が唸りを上げるだろう。しかし、次に暇な通路で本を読んで突っ立っている時、アメリカ人とイギリス人とフランス人は他の空いている道を通ったのに対し、日本人はどけと言いたげにぶつかってくる者が多い。しかも江戸しぐさと言って左手をスッと後ろによけたり、傘を斜めにして通りやすくするのは若者の方ができていて、だいたいぶつかってくるのは中年のオッサンとオバハンだったという事実。
そういえば、クレーマーも中年のオッサンとオバハンが多い。これを立場だとするのは軽んじている。確かにそういう面もあろうが、日本では神様に、ああしてくれ、こうしてくれ、とお願いすることが多いからだろう。キリスト教は良いことが起こった後に「神様ありがとう」だから、その意味合いはずいぶん違う。私も良い靴に出会って、神様ありがとう、と言いたいことはあった。昨年もまた台風が直撃した7月下旬だったか、台風が来ると聞いて不安になったが、その日曜日は台風が去ってすっかり晴れていた。それだけではなく、いわゆるシューフィッターという者に頼んで計測してもらうのだから、機能性の高い良い靴を買いたい。そして14000円台の2足と10000万円台と28000円の4つの中から選ぶことになった。もちろん選ぶのは自分だ。そして28000円の最上級の靴を買った。まさに選択も足元も脚下を照顧したのだ。
こうやって自分にとって意味のあることをやっている。そこはしっかり計算でやっている。誰がホラッチョ浜口の挑発になんか乗るかよ。だから中古でしかCDを買えなくなるんだろ、という忠告を漏れなく送っておく。選びに選び抜かなければ、本当に良いものは買えない。それには失敗も必要。人生も成功と失敗を繰り返してこそ、自分の為になる。右顧左眄するときもあるが、それは機会に恵まれたと取っておきたい。
だって現代の子供は転び方を知らずに走っているから、顔をぶつけて前歯を折るなど、思ってもみなかった大けがをするではないか。それは危ないからと言って外で遊ばせなかったり、公演から遊具をなくしているからだろう。飼い猫だってピアノ台から落ちて骨折するらしい。こうなったら、もはや猫じゃねーだろ。どうやってネズミを食っていくんだよ。それこそ野に放したらネズミにびびって逃げ出すんじゃねーのか。
名前については滋比古が変ちくりんだとずっと思っていたらしい。やはり誰しも名前には苦労するものだ。滋養のシゲだと昔は言ってたのだとか。そして比古に関しては当時、人気だったらしく、まったく信じられない。なぜかというと、我が家は代々みんなハイカラな名前を付けられているからである。これは前サイトでも話したことはないだろう。家の者の話をするのはあまり好きではないが。
人気ランキングでは、私の祖父が産まれる大正10年前後には男が「清」「三郎」「茂」など、女が「文子」「千代子」「清子」など。そして私の父親が産まれる1950年前後では「博」「茂」「隆」「清」など、私の母親が産まれる1950年代後半では「恵子」「京子」「洋子」など、そして私と姉が産まれる1980年代前半は男が「大輔・大介」「健太」「直樹」で、女は「裕子」「直子」「愛」「恵」などである。
我が家と比較すると、大伯父「数真(かずま)」、大伯母「深雪(みゆき)」、大伯母「千年(ちとせ)」、祖父「京助(きょうすけ)」などであり、そこからしていわゆるキラキラネームなのだが、姉が1981年生まれにも関わらず4月なので「美桜(みおう)」、私が秋なので「紅葉(くれは)」と名付けられたので女みたいな名前だとからかわれるハメに。同い年の従姉妹が「〇君」と呼んでいるのは実際には「紅(こう)くん」である。
でも今は気に入っている。なぜなら時代を先行していて良い意味があるから。というのは、特に大人になってからは言いにくいということがなり限り、不満はない。でも、最初から変ちくりんな名前を与えられると、使いづらいことこの上ない。名前らしい名前なら問題はないだろう。それよりは、先のバス問題でドイツ婦人が席譲りの時に「子供は立たせた方が体幹を鍛えられるから良い」に意味はある。苦労させた方が、多少は独り立ちする手助けになる。だけど褒めた方が人間は伸びる、と言うのも科学的に証明されている。バランスが難しいのだが、だからこそ苦労する意味があるのではないか。だいたい他人に要求している方に、褒められると喜ぶんだ、という自己愛的なセリフをよく聞く。
そもそも徳川家康が述べるのは人の上に立つ資質として「愚人はよく喋り 賢人ほど話をよく聞く」ということ。こうしてサイトやブログを開設するのも暇がなければ出来ないことだし、自分の権利を主張している者ほど怪しい。それは今も昔も同じ。大阪の公演の散歩みたいに知らない人同士でも「おはようございます!」と元気よく挨拶をしてみたいものだ。だからニューヨークより大阪の方が歩く速度が速く、足取りも軽やかなんだな。実はせっかちと言われる大阪でさえ、そういう理由があったのだ。東京も冷たければ、ミニ東京の福岡もそういった快感はない。要は気持ちの問題だということだ。令和時代に向けて、いつまでも平成時代が過ぎ去るのを嘆いている場合ではないだろう。


