ゴールデンウィーク期間中に福岡市に帰省した時に紀伊国屋書店天神イムズ店で購入し読んでいたのですが、せっかくの機会なので改めて追及してみます。要するに講演録。95年だか96年だか、養老孟司・元東大教授が退官して、その時の公演録です。
私は「若い」と一括りにされるのを嫌うわけですが、要するに動物も昆虫もみんな人間より下だと見下されているのと同じなのではないかと、そのように思うわけです。それはお前が捻くれているからだ、と思うでしょう。では、なぜゴキブリが出てきたら必死こいて目を吊り上げてまでして踏みつぶすのでしょうか。そこなのです。自分以外はみんな同じ、ということは俺様は唯一無二の存在だということを言外に匂わせているのです。お前の世代の気持ちは分からないけど、俺様の気持ちは分かってくれ、と。
何かあったのかなあ?まあいいや、笹と竹さえあればいいんだもんね!
しかし、それはあり得ません。分からなければ、それは前提が違うからであって、無理に分かろうとする必要はないんです。ぶっちゃけ、これまで述べてきたように、世の中は男(性染色体はXY)と女(性染色体はXX)しかいなくて、たまにLGBTがいるだけだ、と思っているでしょう?
ターナー症候群 (性染色体ははXのみ)
見た目は女性。極端な低身長なのが特徴。性染色体はXもYも異常性を起こしており、男性化を招くこともある。つまり、見た目は女性なのに、体の性器だけを見たら男かもしれない。要するに女か男か一概に判定できないタイプ。
クラインフェルター症候群 (性染色体はXXYかXYY)
こちらは見た目が男性。長い腕と足が特徴。小さい精巣や不妊症などがある。思春期以降に糖尿病、甲状腺機能低下症、乳がん、などの諸症状が成人になって現れることもある。あと性欲低下もありますが、こちらは自分が生きていくだけなら問題ないし、そもそもネタが下らない。
卵巣や精巣の発育が非典型的。精巣は存在するもののミュラー管(子宮)は存在しない。ただし乳房は発育する。外性器は女性型で、卵巣の位置に精巣がある人もいる。体型や性格も女性的。
私に「この中でどれがいい?」と尋ねられたら、今のところはターナー症候群ですかね。だって男性も綺麗な顔の方が良くないですか? それにこの前だって、実家でジャニーズの話をしていて、ぶっちゃけ「俺がもっと良い顔だったらKATーTUNの穴埋めしてやってもいいんだけどな」とボソッと言ってみたら、母親が「チビで童顔だけど鈍いから踊れない」と言ってきて「鈍くて悪かったな(笑)!」と返した。
しかし、ウチの近くの美容院の店長はセンスがバッチリだよ。フランスはパリで修業した経験があるし、人の顔をみて完成図が出来ているんだよね。あと伸ばしたらどうなるか、もしっかり予測している。職人は乱雑には絶対にやらない。
正直言って「男らしいね」「女らしいね」という褒め言葉は素直に受け止めておくべき。ただその男らしいが腕力だったり、武道の気合い・根性だったり、顔がゴツゴツして凛々しいものと勘違いしている人も少なくないのではないか。なぜかというと、男はY染色体で無理して出来上がるからです。つまり原型はみんな女で、Y染色体がなければ勝手に女になるんです。だから女は自然なのです。男は言うなれば作り物。
都市化するとこれが否定されます。「女々しい奴はいない方が良い」「子供は厳しく怒り飛ばして行動を制限させるべきだ」「必要なら暴力・戦争も辞さない」「世の中では若者がいちばん悪い」…などと、こうなるわけです。つまり自己中心的になるんです。そして、その極端な例が神奈川県相模原市で起きた障害者支援施設の計45人におよぶ殺傷事件にあたるのです。男を極端に意識する人は、植松聖被告と同じだね、と言ってやりたいわけです。こう考えた人、他にいますでしょうか。恐らく、あまりいないでしょうね。
(脳・妄想 → 自然・現実)
ナンバーワンよりオンリーワン → オンリーワンではなくただの人
日本人は親切 → 日本人は親切心がほとんどない
出来る → 出来ていない/出来たか不安
分かる → 分かっていない/分かっているか不安
こうすれば分かるでしょう。いわゆる「日本人は親切だ」というのは実際に親切なことをしていない人が言うセリフなのです。なぜなら、私は過去に人を助けたことがあっても、転んで倒れた老人を助け起こしたことは何度かありますし、大腿骨を骨折しているかもしれないので、痛いと言えばその場で救急車を呼びます。また福岡でも同い年の従姉妹と地下鉄に乗っていれば体調の悪い人がいると言われれば、看護師である従姉妹が名乗り出ないはずはなく、私がサポートに回らなくてはいけません。これは、そういう場面に出くわせば当然です。やらなくてはいけないので、親切でも何でもないと私は思っています。
ちなみに最も不親切なのは、サイトの荒らしや学校のいじめ・会社のパワハラでマイ・ルールを押し付けること。都市化による人間の気持ちが荒廃しています。自分さえ生き残れればいい、ということ。絶対あり得ない。そもそも、自分の力だけで生きていると思っていることがあり得ない。赤ちゃんの時は親がおむつ替えしているし、熱を出せば病院に行く。これを親切心や自分の実力だというだろうか。
では表彰されたことがあるか。福岡に住んでいた時にハトを助けた時だけです。それ以外はお断りしています。なぜなら、助けて当然ですから、表彰モノでも何でもありません。好き嫌いという好みも自然のものなので、表彰は好きではありません。
その考えが第二次世界大戦中の日本人と同じであることを分かってリるのかね?
これは養老孟司・元東大教授の口癖です。私もそう思います。平成終焉で寂しいとか、令和時代を迎えるから不安だとか、本音で喋ると揚げ足を取る人がいなくなる。ただし、それこそが太平洋戦争中の日本人の考え方だったのです。人は誰しも安全でいたいものです。だから家を建てて、オフィスビルを建築し、街を作り、自然を遮断する。危険なのは、これで正解だと思っている。私は別に良い年になると思うことがダメだと言っているわけではありません。しかし、西日本豪雨があった以上は、今年も来年も備えなくてはならない、と言っているのです。
養老孟司・元東大教授は年寄りだから平成終焉が寂しい、なんてまず言わないだろうな~あ。私と同じく「あっそう」ぐらいにしか思っていない。なぜなら計画してそうなったんだから。つくづくこの人の本を読んでいるとそう思う。ご時世を永遠に維持しようなんて、小保方晴子氏のSTAP騒動での論文「細胞を初期化する → 夢の若返りが図れる」と同じ発想にしか思えない。自己中過ぎやしないかね?
それを言うなら、親切心とはゴキブリを潰さない方なのではないかと。そうなのです。でも、それをやったら、ゴキブリは繁殖力がハンパないらしい。だから生きたまま掃除機で吸い取るしかない。私はそう思っていて、結局重要なのは潰す人でも潰さない人でも「罪深い存在である」ことを自覚することなのです。いわゆるキリスト教風にいう「慈悲の心」を常に持っていることなのです。
私的にサイトの荒しは自分の思い通りにいかないからこそやる行為だと思っていて、都市化したからこそ、そうなったと思っています。また電通や博報堂のようなブラック企業に勤めていればよけいかもしれませんが、自分が決めたのだから致し方ないでしょう。そう思うしかない。それを嫌と言うなら仕事なんかサッサと辞めちまえ!、というしかない。養老孟司・元東大教授はもっと語気が強く「甘ったれるんじゃない!」と言うだろうな~あ。なんせ六本木でも新宿でも東京・大手町でも、時間泥棒が次々と現れるんだから。






