なんで古布なん?
なんて聞かれることがあります
モノを作って売ろうという以上、私がどんな人か、作ってるモノにどんな意味があるのか、知っていただく必要があるのかも。とゆーコトで、ここらで思い切って、私のことや裂き織りのきっかけなどについて、赤裸々に書いてみようと思います
ワタクシmowに興味がある方(そこのア・ナ・タ
←ウザいわ)は 最初っから舐めるように(やめれ)、そんなんいいから古布裂織って何なん⁈ って方は後半のみ お読みいただいたらと思います。
←ウザいわ)は 最初っから舐めるように(やめれ)、そんなんいいから古布裂織って何なん⁈ って方は後半のみ お読みいただいたらと思います。余裕がないけん、いつもの感じと違うからね
もともと、織りには興味がありました。
経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を絡み合わせて一枚の布を作るって、どんな感じなんだろう?
平面を組み立てたり、それで出来た立体のものをくっつけて作る工作とは全く違う。
粘土で形を作るのとも全く違う。
でも、ずっと惹かれ続けていたように思います。
ギンガムチェックの織物の、真っ白な部分と色が重なった部分、それと白と色が混じった部分の違いが面白くて、目で追わずにはいられない子どもでした。
私がやりたいのは、美術(アート)ではなく工芸(クラフト)かもしれない。
手を使って思う形を作ることに、すぐに夢中になりました。
モノを作るっていいな。
素材って素敵だな。
制作漬けなのが当たり前の毎日が、本当に楽しかった。
(ちなみに、この頃やっていたのは金属工芸です)
仕事も(10年程で辞めましたが)子育ても、それなりにシンドイこともありましたが、好きで楽しくて夢中だったと思います。
特に、私は子育てに少しも後悔がないんです。
子育ての結果って、その子が子育てする時に見えるのかな?と思ってますが、それはそれ。
子ども達が それぞれ自分のやりたい仕事を楽しくやっている、そのことで充分。
母として、私は幸せ。
子ども達が親離れした頃、ふと思いました。
私は何をしたかったんだっけ?
モノを作る人になりたい。
「織り」のもので何か作って、何かやりたい。一緒にやらない?
聞けば、同じ市内で織り機を作ってくれる所があるという話。
即答でした。
とにかく、やってみたかった。
本気で。
ちゃんと習った方がいいんじゃないかと、織り教室に見学にも行きました。
でも、違った。
私は、裂き織りがやりたいんだ。
なぜか心は決まっていました。
結婚する以前から、オットの趣味は骨董でした。
新婚家庭も古いモノだらけ。
オットの骨董コレクションの中に、古布がありました。
藍染のボロボロになった野良着(のらぎ=農作業をする時の着物)
使い込まれてツギハギだらけの布団の生地
時代や地域によって素材や色の違う蚊帳(かや=蚊を避けるために部屋に吊るして中で寝る。トトロに出てくるやつ!)
今では考えられないような大胆で素敵な色や柄の、でも擦り切れて もう着られない子どもの着物や大人の着物
どれも、日光に、風に、洗濯の水にさらされ、何十年もの年月を感じさせる色と風合い。
それぞれに、新しいものでは到底出せない魅力がありました。
力強さと、美しさ。
これを、見てもらいたい!!
オット母の趣味であるパッチワークにも使えないような朽ちて弱った古布が、裂き織りなら使える。
大切に大切に使われてた布を、最後まで活かしきることができる。
そう思ったのかもしれません。
ちゃっかり使い方を教えてもらい(それ以前に少しだけ手伝っていた別の作業所で、織り機を触ったことはありました)、mowはスタートしたのです。
現在は、近くの織物工場で分けてもらった高品質の絹糸を主に使っています。
この絹糸(や、時々変わり糸も)を経糸(たていと)にして、手で裂いた古い布をそのまま織り込むのが、mowの古布裂織。
当たり前ですが、綺麗だな〜と思うものしか使いません。
自分の織ったものが、本当に綺麗だと思うのです。
色を選んで、自由に並べる。
隣合う色で見え方が変わり、全体のバランスで雰囲気が変わる。
意味のある形を描かずに、絵を描いてる気持ちになるってどういう事?
自分に聞いてみたら、
「赤ちゃんの目のように」
と返ってきました。
見えてはいるけど、まだ何かは知らない、意味のない形
ただ、見えた色だけ、触った感触だけ
そんな、赤ちゃんの目で見るような根源的な美しさを追求したいのかもしれないなぁ。














