鋸南町プチトリップ 2026 | やせっぽちのヒロシのブログ

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趣味は国際交流?(笑)。

このところ毎年のように訪れている千葉県安房郡鋸南町へ今年も行ってしまいました。

元々小学生の頃にこの地にある養護学校で10ヶ月ほど寮生活をおくったことがあり、とても愛着のある第二の故郷ともいえる地域ですが、1990年代はじめを最後にしばらく足が遠のいていました。

 

それがもう7年前だったか台風の直撃でかなりの被害を受けたことを知り、どうにも気になってその翌年春に約30年ぶりで訪れ、ブルーシートだらけの屋根に心を痛めつつ、懐かしさからついまたちょくちょく足を運ぶようになってしまいました。

と言っても、朝家を出て、電車を乗り継いで昼前に内房線安房勝山駅に到着し、勝山漁港直営のお店「なぶら」で昼食を頂き、かつての母校を含む周辺をぶらぶらして保田駅まで歩き、夕方には帰路へつくといった調子なのですが。

今回はちょうど頼朝桜が見ごろを迎えている時期でもあったので、それを見るという目的もありましたし、この寒い時期には晴れていれば東京湾を挟んでの眺望も良いもので、それも楽しみでした。

 

それにしてもJR内房線、平日昼間とはいえ、観光客が多く乗るというのに、たったの二両編成ってどういうことでしょうね。それも横須賀線からの乗り入れが遅れたおかげで車内は満席で、途中まで座ることが出来ないありさまでした。3月からは運賃も上がるようですけれど、その辺はもうちょっと改善してほしいものです。そうでないと、ますますバスを利用する人が増えていくのではないでしょうか?

 

それはともかく、この日は天気も上々で、三浦半島や城ヶ島はくっきりと見え、その向こうには伊豆半島や富士山もやや霞んではいたもののしっかり見えていましたし、

更に太平洋側には伊豆大島も見えていました。

風は冷たかったものの、日差しも暖かく、ほぼ観光日和と言える感じでした。

もっとも海水浴が盛んで民宿もたくさんあった昔と違い、ごく一部のエリアを除き町全体の活気が無くなってしまったように思います。

路線バスも無くなってしまったのか、今は町営の循環バスが走っているのみ。

 

まずはルーティン通りに「なぶら」で昼食を取ります。

まずは鴨川の地酒「寿萬亀」(製造元の亀田酒造は明治神宮の新嘗祭に奉納しているそうです)をちびりちびりと飲みながら料理の到着を待ちます。

サービスでマグロの刺身がちょっとだけ付いてきます。名物「海鮮なぶら丼」、訪れるたびに価格も上がっているように思えますが、新鮮な刺身がたっぷり載っている上、鯵の刺身の下にはなめろうが隠れていたり、お得感があります。そしてこれもこのお店の名物「イカメンチ」がヴォリュームたっぷりでとにかく美味しいのです。一人1個限りしかオーダー出来ない人気メニューというのも頷けます。

 

お腹がいっぱいになったところで、腹ごなしにまずかつての母校の前まで行くと、建物が黒いネットで覆われていてビックリ。

一瞬取り壊し(=廃校?)かと思ってしまいましたが、単に外壁修復の工事だっったようで一安心。

 

そして保田方面まで海岸沿いを歩きます。その頃になると、先ほどまでは見えていた富士山が全く見えなくなってしまいました。

保田駅よりも少し手前を流れる保田川が頼朝桜の名所のひとつらしいので、川に沿って歩いてみました。他のところはちょっと離れたところにあったので時間的に行くのが難しかったため、一番行きやすいところにした次第です。

低めの木々がぎっしりというよりはポツンポツンとある感じでしたが、結構若い木が多いようで、これから年を重ねるごとに大きくなっていくのかもしれません。後で観光案内のおばさまに聞いた話では、前週の金曜日はまだ開花したばかりのところが多く、見頃はまだまだ先かと思っていたら、翌日の土曜日に一斉に咲いてしまったそうで、この日はちょっとピークを過ぎていたように感じました。それでもソメイヨシノとはまた違った趣があってなかなか良い景色でした。

 

もっと上流の方まで行きたかったのですが、何しろ早めに帰宅しなければいけない事情もあるので、あとは近くの道の駅「保田小学校」で職場へのお土産や地酒に鯨の大和煮缶を購入し、

 

駅近くの天日干しの干物店「提灯屋」で真アジ、サンマ、イワシ味醂漬けなどを買って、

夕方早々に帰路へとつきました。

人気のサバは完売で、最近は予約しないと購入は難しいそうです。

 

夜食は購入したサンマの干物を肴に地酒を頂きその日の旅の締めくくりとしました。

 

帰りの電車を待つ間に駅の隣の不動産屋を何気なく見ていたら、安い物件だと500万円くらいで購入できる家もあるようで、ちょっとそそられてしまいましたが、やはり人生のほとんどを東京暮らしで過ごしてきた身としては、相応の不自由を我慢して暮らしていけるのかは自信ありません(^_^;)

あともうちょっとで3万歩だったのに、惜しかったです。