「柿の種」三題 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

1 これでいーのか!「一題目」!!

 

ご存知の方も多いと存じますが、先週でしたか?

「亀田製菓」さんがモスバーガーさんとのコラボ商品を世に出しましたね。

お試しになりましたですか?

さすがに、コブクロ6つとも全部テリヤキ味ともなれば、

今まで正統派モチ米菓子商品で勝負なさってきた亀田製菓さんとしては、

ショーショーやりすぎなのでは?

 

は?はは!!余計なお世話であろうと・・・

シロートがユーメー企業のやり方に口出しするのは笑止!!!

 

いや、確かに、恐れ入りました。

 

電話注文の時のでだしは、やはり、「モスモ~す・・・」

あ、すいません。急ぎ次行きます・・・

 

 

2 元祖「二題目」

 

  現在の柿の種を最初に作り出したのは、

    「浪花屋製菓株式会社の創業者、故・今井 與三郎 氏」でした

大正12(1923)年、創業当初はウルチ米の煎餅作りでしたが、後に大阪のあられ作りを取り入れ、

モチ米を使ったあられを作るようになりました。これが社名「浪花屋」の由来です。

当時はすべて手作業で薄くスライスした餅を何枚かに重ね、小判型の金型で切り抜いて

作っていました。

ある日、その金型をうっかり踏み潰してしまい、元に直らずその、歪んだ小判型の

あられになってしまいました。

そんなあられを持って商いをしていたところ、ある主人が「形は柿の種に似ている」といわれ、

そのヒントから大正12年(13年とも)「柿の種」が誕生しました。

創業時の本社工場は長岡市四郎丸にありました。

 

 

 

3 ふろくの「三題目」

 30年ほど前にあった「鉄道小話」ともいうべき「おそらくフィクションであろう」とされている

 「ヨタ話」であります。

 

 (新潟方) 

   |

  <信越本線>

     |

      「亀田」・・・亀田製菓本社所在地

    |

      「荻川」

    |

   「*」

    |

     「新津」{⇒羽越本線/磐越西線

    |

  信越本線

 

ある受験生が車中、ヒルネから「荻川」で目が覚めたそうです。

つぎの駅は?っと??えーーーっ??ツイニ/ダメカァーーーー

 

確かに「カナ書き」部分を慌てて反対から読むと、そう読めますね。

しかしそれも、上図の*に「さつきの駅」が平成3(1991)年開業したのでなくなりましたとさ

 

めでたし、めでたし

 

「柿の種」三題   了

 

つまらない話題にお付き合いいただきありがとうございました。

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