今回は、皆様になじみが深い、松阪牛のオハナシ・・・?・・・であります。
日本のギューニク・・・畜産法によりますと、生まれも育ちもどこの馬の骨だか・・・ではありませんね・・・
どこの「ウシのホネ」だかわかわからんウシ君も、「出荷前3月間」連続して同じ土地で飼育されれば
そこの土地の名前を付けて、市場に出してもかまわないのだそーですよ?!
ほとんど詐欺だと思いませんか?ひょっとしてアメリカ生まれの松阪牛、グアムうまれの前沢牛とか
いちゃったりするワケですね(おまえ、そーゆーウシ、実際、見たんだろーな?!)。
ただ、救いは「黒毛和牛」と表示がある牛肉の場合、のーりんすいさんしょー指定の純血5血統のウシ君の
肉にノミに許可された市場品目ですので安心してお買い求めいただくことができるかと思います。
では、ウシ君たちがどんな地名があるところに住んでいるか、進めてまいりましょー。
****<図 松阪市と周辺の地図>****
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④松阪市
④ー13:■飯高町猿山:前半の「いいだか」は問題ありませんでしょう・・・
後半は「えてやま」です。
昔の宮中のオエライ様がお考えと伝わっておりますが・・・
「さる」は「去る」に通じるでおぢゃるな・・・では、なんぞ
「得る」であれば 皆の者に
不満もなかりせむ・・・きっと後世まで喜んで頂けるであるにやあらむ、オホホホ・・・
と、ゆーわけで、猿君は中世の考えすぎの貴族のせいで「得て あるいは 得て公」と
名前が変わりましたとさ・・・
④-14:*甚目→「はだめ」 。<「はなめ」が転訛したもの>とある程度の結論は出ているようです。
つまり「はなはだしいーめ」がつまって、「はなめ」さらに「はだめ」となった・・・とゆーの
ですが・・・
日本語/大和言葉には「清音作用」(濁音から非濁音に長年の間に変わっていく変化)が
ありますので、途中から「な→だ」とゆー変化は原則としていたしません。
身の回りを見ても:ストーブ→ストーフ(北海道人しかつーよーしませんね)
ぢゃあこれはいかが?
「天橋立」→あまのはしだて?/あまのはしたて??A
「岐阜羽島」→ぎふはじま?/ぎふはしま??B
A:同じ行の破裂音が二文字以上続くとき(ここではタ行ー「た」「て」)ききとりづらく
なるので、なるべく1文字目を濁音とする・・・という「慣例」・・・あまのはしだて
B:サ行の連続/タ行+サ行の組み合わせがないので
・・・ぎふはしま・・・と「し」は清音です
日本語はオームネ、ふぁじーですが変な所にカタクナです。
****まったく余談です:たとえば・・・********************
「端島=長崎県、廃坑になりました”軍艦島”は<はじま>です。
両脇はサ・タ行の子音ではないのに「じ・と濁音」です。なぜ?
「江戸期は<端の島:はしのしま or はじのしま>とよばれており「し」が
二つありました。「はしーしま or はじーしま」とゆーわけです。ここから「し」が一つ
脱落しましたが、そのまえに「し」が一つ脱落、さらにその前に、shi-shi では
聞き取りづらいと、前の「し」が「じ」になって、黙音に近いうしろの「shi」が脱落
しました・・・ha - ji - (shi) - ma, ピッチアクセントとしては ・-・_。_・でしょうか?
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そーなってきますと・・・「はだめ」は「はなめ」が変わってきたもの・・・とゆー説は
少し無理があるのではないかと・・・
あー、ありました、きっとこれが、正解と思います。
<「甚」地名>様 http://blogs.yahoo.co.jp/kmr_tds/61593469.html
の本文およびコメントをお寄せの方々に
<--松阪市内に「甚目寺」という寺社があるのですが、そこの縁起にのっている
とかゆーオハナシーー>
「文永元年(1264)の甚目寺の古縁起によると
「推古天皇5年(597)甚目竜麻呂(はだめたつまろ)という農夫が江上庄のほとりで
入江で紫磨黄金の聖観世音菩薩を網にかけ、近くに草堂を建て、おまつりをしました。
いつとはなし甚目を冠らせ甚目寺と号した。」とあります。
しかしこの「甚目寺」の文字は後世になってから使われるようになったもので、
当時は波陀米泥良と書きました。
海部郡史稿本によると、「村名もとは波陀米なるべし、寺を波陀米泥良と呼・・・・
後世牟毛久自とよべり」とあり、
波陀米泥良は「はだめでら」で牟毛久自は「じんもくじ」である。
「はだめ」を甚目と書き、「じんもく」と読み「じもく」と訛ったのです。
なお甚目寺が地名になったのは鎌倉期といわれています。」
<結論>
以上の「縁起式」から地名がきまったとあれば、「はなめ→はだめ」ではなく
はじめから、「万葉仮名」を使った寺・土地の名前で、「甚目」は後世の人が
良字と思いお使いになったのでしょう。
地名の成立は6-7世紀ころと思われます。
④-15:*射和:「 いざわ」→倭姫命(10代崇神天皇の皇女)が、大和朝廷ー伊賀―近江ー美濃ー尾張―
伊勢と巡行、内宮を創建(801年以降とされます・・・時間差がずいぶんあるように
感じられることとおもわれましょーが、今回はその議論をする余裕がありません。
次の機会にでもやらせていただきます。ご容赦ください。
ところで、倭姫命は松阪滞在中の際、伊射波登美命に仮宮(伊射波宮→
伊佐和神社)をつくらせます(749年?)。それが「いざわ」の始まりであります。
i 伊射波→射和と変化しましたので「伊」が脱落文字として現代までそのままに
なってしまったと考えられます。
あえて振り仮名をふるとすれば、(い・対象漢字なし)-(ざ・射)-(わ・和)と
なりましょうか?
④-16:●大足 →「おおわせ」。
地元のHPなどでは「おおあし」→「おおわせ」とかわったものとありました
ところで・・・「宇和島」「淡路島」を皆さんで、それぞれ
・u - wa - jima と、u(u)a -jima
・awa - ji - shima と、aa - ji - shima
と発音してみていただけますか?
u(u)a -jima、aa - ji - shima の方が発音としては楽でしょ??
しかも、崩れた発音でもジューブン意味はつーじます。
ね?途中で「W」をはっきりさせますと、発音がめんどくさくなりますでしょ??
てーことはですよ、長年かかって地名の発音は簡単な方向・発音し易い方向に行くはずですから
oo - ashi → oo - wase という変化はしないと思うのですよ?
HPの「大足」の読みの変化の説明では、途中で「W」音が入ってきますので、
u(u)a -jima、aa - ji - shima → u - wa - jima , a - wa - ji - shima という変化が太古から
今までの間に起こってきた、と同じことを仰せです。
、どちらかとゆーとカタクナなショーブン (イーヤ、フヒツヨーにガンコ)の私は、このご意見には、
少なからず納得しかねるところがあり、まず、大足町の地理的ジョーケンを調べてみることに
いたしました。
どーしてかって?「大足=尾鷲」ではないかと思って、それを確認したくて・・・です」
***<図ー2、松阪市大足町とその周辺図、☆マピオン様>****
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松阪・大足町は同町と地続きで標高差がないのは東ー北の90度だけです。
国道166号線は「大足町の北外れでは公差はありませんが、国道が南下するにつれて
標高が高くなっていきます。
そして、高さは低いものの、いくつかの独立丘が南側に列になってあることがわかります。
西から松阪球場ー①-広陽公園ー②・・・といった具合に・・・
一方、「尾鷲市(戦前は町制)」の、
駅名票には(始め「紀勢中線は新宮鐡道でスタート)、「をわし」とかいてありました(新聞写真も
残っています)。しかし、方言では「ぅオワシぇ」に近く、鉄道省が買収したときは、「をわせ」にしようとして
地元から猛反発をくらい、難度か交渉して、「をわせ」になったとか・・・
ところで、この「おわせ」の元々の意味は
①湾の中に港がいくつも内側に張り付くように会って、車輪のように見えることから・・・大きな車輪が湾の
内側
大・輪・内→お・わ・ち
②山の連山の終わりの方の内側
ところが・・・
③いまの尾鷲市の、繁華街は円弧状になっているそうで、
今の「大足町」は②に相当するようですが、
③の業者さん、商店さんは、大体、お店から港か、漁協まで同じくらいのj距離なんですって・・・
自然の摂理を感じますね。
と、そーユーことで、「松阪・大足町」にかぎれば「山の連山の終わりの方の内側にできた町」で
発音は太古からそのままと考えます。
「おおわし」と名付けたこと、それに「大足」の字を使った理由まではわかりませんでした。
④-17:*田牧→「 たいら」。どこをどーしらべても、とっかかりも、ひっかかりも出てきませんでした。
ですから、これだけは、全くのあてずっぽうです。
「ムテーコー」も芸がないので・・・
①田・ヒラ:田牧町は広くはないが海抜13-17m,川もそばにあり、水田・放牧地向き、
「ひらたい」土地。”水耕地+放牧地=田+ひらたい”→た・ひら→たいら
②「たいらか」:古語で平たい様。あとは、ほぼ上に同じ。
④-18:■/◆御麻生薗→初めに申し上げますとある意味コーサンです。
よみは「みおその」なのですが・・・
「み・お・その」の<み=御>,<その=薗>の両脇の文字はいーのですが・・・
真ん中の「お」、これが厄介なんです・・・
◆<麻>は訓読みで慣用的に「お」の読みを持ちます
(正式に辞典には載っていません)。
<生>正式に訓読みで「お」の読みを持ちます。
ですから、<みー①おー②おーその>という読みであったはずでした…たぶん・・・
①-②の渡り音なのか、①または②の片方が脱落したものなのか・・・脱落音で
あるなら、後ろの②が脱落音(漢字の上では黙音)ということが多いようです。
ですが、確証がありません。<〇>土下座です。
******※ヒントは「県北・いなべ市」に「麻生田おうだ」というところがあります。*****
これを二重母音 ouda ととれば・・・後ろの母音の脱落がほとんどですが?
そーではなくて・・・
実は「御麻生薗」はふるくは mi - o - u - sono と発音しており、
長い間に mi - oo - sono → mi - o - sono となった・・・と考えるべきでしょうか?
みおうその→みおーその→みおその:二重母音が長母音化してのち短母音となった
・…のかもしれません・・・・・
**************************やっぱりジャスイですか?
*********分類*****************4/24のカイトウ編でも同じ記事があります
◇:本来の読みだが、なじみがない字(最近使われなくなった字)が地名に入って難読になってしまった
◆:「訓読み」がないので「音読み」から、ふさわしい「訓読み」を考えてみたものの
肝心の「読み」が漢和辞典や国語辞典に載っていないので迷ってしまう
#字の脱落や調子を整えるために、余分な一文字の読みを加えたら
俄然読みが難しくなった。
⇔読みの調子(発音重視)が良くなるよう、本来の読みから1文字脱落させたら難読化
→渡)渡り音効果、二文字以上の地名で隣同士のひらがなが親戚筋の時一方が片方に吸収され①文字脱落
●旧仮名遣いを現代発音化、または音便によって読みが複雑化
■慣例的に古来より使われてきていたが、「死語」となり、難読化したと思われるもの。
▲2-3文字の地名で「セット」で意味を成す地名:下記の「治田」(2番目に登場いたします)
当)それらしき文字を並べて、オヤジギャグ風の物から古典落語風のものまで・・・「当て字」です
*上記の分類に分けられぬ「本来」の難読地名
*****************************************
近鉄雑感・・・難読地名 <三重県の巻・2回目>の痒頭編③:松阪市 了
「伊勢神宮」があるせいか、松阪がふるーーーーい町なのか、
たった1自治体中の6アザナ」でありましたが、結構むずかしいなーと
思いました。
やりがいがあって、面白かったのも事実ですが。
今回も、最後まで、勝手気ままな記事におつきあいくださった方、深謝申しあげます。
次回は、半島部(伊勢市、鳥羽市、志摩市)と
沿岸部の町・南伊勢町(三重県・難読2回目④<最終回>ー残り(19-31)の予定です。
カラスのクンセイ 拝

