「三菱鉱業美唄鉄道」も、あまた存在しました道内運炭鉄道の中で、貨客とも輸送密度は
常にトップクラスでありました。
しかし、皆様ご存じのように、国家のエネルキー政策の変換[昭和37(1962)年、
国内熱源エネルギーの主力を石炭から石油へ]により。美唄市のみならず
この炭礦鉄道にも陰りが訪れます。
美唄市の人口は、昭和29(1954)年、31年に91000人台を記録しましたが、それ以後
ゆっくり減少、そして、先の政策が昭和37年に打ち出されると人口流出に拍車が
かかります。
現在の人口は、平成27年3月末の住民台帳で、23700人余と最盛期の約1/4ほどであります。
一方石炭産業はと申しますと、大規模坑内掘り炭山はすでにもうありませんが、
「北菱産業株式会社様」が盤の沢地区で露天掘りを電力会社向けに行っておられます。
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<写真ー1>社型4110-No.2が東美唄町宮の下地区を行く混合列車
国鉄駅方向へ。
後ろの建物は三菱美唄炭労組合事務所
炭礦も鉄道もそろそろ店じまいかな?といったところの昭和40年代中盤。
2号機は昭和47年鉄道廃止までお勤めしていました。
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<図ー1>宮の下付近の地図
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<図ー2>美唄川、我路付近
へたくそな模写絵でスイマセン。
美唄川に主要道から降り立ちますと、整備された紅葉公園はお目にかかることはまずありませんが
川が比較的蛇行しているものですから、川とセットで紅葉をごらんいただくと、
100のポイントにおいでになれば、100通りの全く趣の異なった、ヒトの手の入っていない
天然の造形美が諸賢をいやしてくれるでありましょう。
[三菱色鉛筆、ぺんてる修正液]
最後まで付き合いしていただきました・・・最後でお気を悪くされないでください。
でわ、またいつかヘタクソな絵とお付き合いください・・・
コラ!ソコ!!「えー、またかよー」って言わない!!!
スイマセン・・・上から目線で・・・
カラスのクンセイ の絵日記 了
カラスのクンセイ 拝