特急定期券2種類あったら・・・ | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

「お客さん、お客さん、お休みのところ恐縮です。
検札ですが・・・」
どーやら途中で寝てしまったらしーな。

私は札幌の西郊から美唄までJR通勤をしていて、
そのうち、札幌ー美唄に特急定期券を使用している・・・

「ハイ、これ・・・」
「あ、お客さん、これ<かよえーる>ではありませんか?!」
「そーですよ。何か問題でも?」
「何か問題でも?ととぼけられては困ります。
この列車は、<L特急・スーパー神居古潭>なんですよ!!」

「だったらこれでいーぢゃないの?
私は君の言わんとしていることが、ちっともわからない??!」
「そーゆー言い方ってぇーことは確信犯と見ますよ!!」
「確信犯とゆー言い方は穏やかではないね・・・
だけど、相変わらず君の真意が私には理解できんのだよ!」

「イーですか?えーっと・・・カラスさんでよろしーのでしょーか?
これL特急ですからね、ご乗車には一回り大きな
<Lサイズ・かよえーる>通称<L・かよえーる>
またの名を<デカ・よえーる>が必要でしょ?」

「でしょ?ってこれ、職場支給なんだよ。
職場からは何の説明もなかった・・・」

「駅やJTCなどの柱などに説明書きが貼ってあると思いますが?」
JTC?JTBぢゃないの?」
「あー、あのインチキ帝国主義会社ですか・・・」
「へ?」

「いーですか?!JTB=Japan Tourist Bureauとゆーのはですねー
太平洋戦争当時、日本が大東亜共栄圏とかゆーわけのわからん
シソーを持ち出して、国民に軍隊が海外進出をはたしているのを
<せーとーか>させんともくろんだペテン師的プロパガンダでありますが・・・」

「ちょっとまった・・・そのくらいは私も知っているけれど、JTB-JTCとどーつながるの?
手短に頼みます。」

「それは失礼しました。
そこで、日本の領土拡大に伴って<いろんなとこに行けるよ!!>といった
CMを軍隊の代わりにやっていたのが<東亜旅行社、TOA Tourist Bureau=TTB
でありまして、終戦とともに帝国は瓦解、TTBも潰れかけましたが、これからの平和な日本、
旅行の一つも安心・安価にできなくてどーすんだー!!っと、ゆー手配をする部署があった方が
いいのでは?とTTBを引継いでできたのが、JTBであります。

それがまた、シンチュー軍のお声がかりでできたと伺えば、腹も立ちませんか?

現在のMARS システム(みどりの窓口の発券コンピュータ)の原型のコンピューターも、
シンチュー軍のレンチューが、
「占領下当時、その時代のコンピューターで、
東京ー大阪間の過密夜行寝台列車群(*)を実験サンプルにして、
<列車名、発車日時、寝台車号車数・番号数・段>を入力すれば間違いなく希望の発券が
できるかどーかを確認してみよう。」
ということになったいきさつは?
ご存知でしたか??


ではでは、と申しますのも、当時、アメリカはすでに鉄道は斜陽産業で、運転本数が
減り始めており、ネットダイヤを組むのは夢のまた夢でした。
そこで、目を付けたのが、線路容量ギリギリの列車が走っていた日本の鉄道事情で、
コンピューターの入力条件をいくらでも複雑にすることができ、性能確認、あるいは
新たな実験をするなど、あらゆるシュミレーションを試みるのに、当時格好のモデル
だったのです。

特に、進駐軍専用列車に連結されております、寝台車や、「特ロ(**)」のアキ・
それに対して正確に発券できるか?の確認に力点を置いて実験を行っていたようでした。
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(*)
<図ー1A>新幹線開業前夜というべき、東海道在来線の夜行特急・急行の百花繚乱の様子。
時刻表は昭和38年5月号
 
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確かに、進駐軍が日本に多く滞在した昭和26(1951)年、サンフランシスコ条約締結までは
連合軍の進駐軍専用列車が走っていました(条約の発効は翌年から)。
そういった急行列車が一般の日本人に解放され、過密飽和状態となるのは昭和36年以降と
思います。
このころ、東京ー大阪間の所要時間は
日中の電車急行(153系):7.5時間
夜行客車急行(雑型+一部10系):8-9時間
でした。
東京発大阪行きの列車が意外と多いので、びっくりされておいでの方も多いかと思います。
東京ー大阪間というのは、半世紀前は、夜行列車で行き来する距離でありました。
☆参考図書:昭和の鉄道 JTBの交通ムック  pp34 2010.10.15発行

前半は主に看板の特急が先発して・・・あとから「天体寝台急行」が追いかけました。
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<図ー1B>
 
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1Aの続きです・・・「大阪行き・他湊町、神戸行きが多い」のがこのころの特徴です。

「寝台列車」とことわっていなくても、たいていの列車には1-3台の寝台車輌が連結されていました。
ただし、今なら信じられませんが、<真夏・年末年始>などの波動期には、寝台連結をやめて
同じ輌数の座席車に代わる列車もありました。
「寝台車という座席指定客車」より自由席2等座席車を連結した方が人をたくさん運べるからです。
鐵道は、むかーしそれだけ頼りにされていたということになりますか?
え?置き換わった寝台車ですか??かき集めて「臨時寝台専用列車」を作って、寝台券入手困難な
線区に救援列車として出していました。 
  
  ☆参考図書は<図ー1A>と同じです
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(**)
☆「特ロ」という車輌
電車では湘南型85形、客車ではオロ35-40形あたりまでは、二等車(⇒一等車⇒現・グリーン車)と
申しますと、背摺りが分離していない2人掛け転換クロスシート、あるいは回転クロスシートでした。
この元二等車の「一党」が現役で残っていたのは、
おそらく「キハ26-300及び400番台(各々元キロハ25とキロ25)」
「クハ80-300番台(元サロ85)」ではなかろうかと思われます。

薄れる記憶をたどれば、昭和55(1980)年前後頃までは雑誌、北海道を除く路線上でみていたような
気が致します。
一方、欧米では "coach" とよばれる「普通座席車」に戦前からすでにリクライニングシートが導入されて
いたものですから、進駐軍のヘータイさんたちは
「こんな座席で特別料金を取るんか?」とご立腹だったという話です。

一方、鉄道省から国鉄に衣替え[昭和23(1948)年]したばかり
まだ組織としては未熟だったところに、政府から、
「米兵さんがお怒りである!座席の改善を何とかせよ!!」といわれ、たいそー慌てたとか。
そんで、どーせ「焼け跡派日本人は乗れない⇒シンチュー軍から金とるべ!!」
などといった危険な話も出て、一時は一等車(イザ)ではどーか?と運輸省にコクテツから
意見具申があり
運輸省は運輸省で
「そんなオソロシーことができると思ってんのかー!!」
てなことになったとかで、

それでは、
当座の間、リクライニング座席車を特別二等車(特ロ)、
転換(回転)だけできるリクライニングなし(電車はシートピッチが広いものだけのものも
ありました)フツー二等車(並ロまたは単にロ)としましょう、としばらく二等車は2本立てでした。
昭和20年代ー30年代前半の列車編成表をお持ちの方、ご覧いただきますと「特ロ、(並)ロ」の
表記がご覧いただけるかと思います。
(「特ロ」車の営業の就役は昭和25(1950)年からです)。
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<図ー2>昭和31(1956)年10月の列車編成表。3等級制であることに御注意ください。
       この時代は「特ロ」と「ロ」が同居しています。
       また線区の看板列車である特急には、「ロ」は連結されていません。
       急行には大体「特ロx1、ロx1」、準急には「ロx1-2」、普通列車には「ロ0-1」
       というのが優等車の連結具合だったと思います。
       なお、準急「ロ」は原則自由席で、
温泉地(伊豆・南紀)や、大手私鉄との競走線区
       では全指定席準急列車が見られました
       (・東京ー日光間の「準急・日光、
キハ55のち157系電車」 VS 東武、
         ・名古屋ー神戸間の「準急・伊吹、当初より153系、ビュフェ付、全指定
         名古屋ー大阪所要時間:上り2時間28分、電車急行・六甲:2-29,客車急行・高千穂:2-58,
                        お相手はもちろん近鉄・名阪甲特急)
        ・普通列車の「ロ」連結は、昭和42年、紀勢線のスロハ32が廃車となり営業線上から
         「並ロ」はすべて姿を消しました。

 
☆参考図書:時刻表に見る<国鉄・JR>列車編成史 pp26 JTB Can Books 
                      三宅俊彦・寺本光照 氏 共著 2011年9月1日発行
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<写真ー1>クハ85形300番台:サロ85形からの改造車
 
サロ80のグループは昭和40(1965)年から格下げがはじまり
昭和43年、二等車に変身しております。
座席は1960mm間隔のボックスシート
☆参考図書:鉄道ピクトリアル 特集 グリーン車「ロ」
「サロ85と改造車のバライティー」 
PP40 2013年8月号 Vol. 63 N0.9 通巻 No.879 
鐵道図書刊行会
また先のキハ26-300-400番台は元の「ロ」の座席部分を回転クロスシートに
したままで昭和42-44(1967-69)年に格下げが実施されています。
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つまり、TTB-JTBのラインは、戦前は帝国軍隊の、戦後は進駐軍の手先だったわけです。」

「君は一体何、世迷いごとを言っているのだね。
ふざけるにも度が過ぎるぞ!!」
「ところで、JTBの本当のフルネームをご存知ですか?」
「どーせあとづけの詰まらん、その場限りのあてずっぽだろう??」
「いえいえ。ほんとーの話です・・・<じっと待ち伏せ、突撃部隊>です。」

「はいはい、ぢゃ、美唄が近づいてきたのでね、私はおりますよ。」
「そーは行きませんよ。追徴金・・・<Lカヨエール>-<カヨエール>の差額払っていただきますよ。」
「今ここで?だから、君のへたくそなギャグに付き合っている暇はない。」
「ま、いーでしょ。どーせ、美唄駅で徴収されますから・・・」

「まあだ、ゆーかね。
ところで、参考までにJTCって何の略号かね?」
「よくぞ聞いてくださいました!!
Just Tour  Conductor=まさに真実の旅行案内人・・・です。」
「ふ~ん、可もなく不可もないツアコンぢゃないの。」
「ツイチョーキン!!」

「駅で払うよ、必要ならね。」

私はいつものように美唄で降りたが、なんとなく胸騒ぎがした・・・

改札口で、駅長自ら迎えに出ていた。
もちろんたかが一人の降りる客をお迎えするためだけにだ・・・

カラスさんでしたな?JTC直営美唄駅にようこそ!!
L特急・神居古潭では車掌に<L/かよえーる>と<カヨエール>の
差額今までの通勤日数をお払いいただけなかったとか?

分割払いの手続きも駅払いではご用意させていただいておりますよ・・・

私は、駅長の説明の後半などほとんど頭に入ってこなかった。
・・・普段通りに乗った電車・・・普段通りの形をした電車・・・
普段通りの景色・・・いったいどこで入れ替わったのか?
こいつは一種のパラレルワールドに迷い込んだに違いないと思うしかないだろう・・・

と考えたところで駅長が声を一段と大きく張り上げた。
「カラスさん、あなたはパラレルワールドに足を踏み入れただけで、何かの
きっかけがあれば抜け出せるとお考えになっておられるようですが、
そーいったお考えはつ~よーしませんよ!!」

「どーして私の考えていたことがわかるんです?」

駅長はそれに答えず、
「集団的防衛権・・・という考え方ご存知ですね。」
「えー、まー・・・」
「最近、ちょっと自衛隊の定員不足の部隊が目立ってきましてね・・・
今次のABE-CHAN内閣の公約を満足させるには、まず自衛隊員定員を
満たすことから始めませんと・・・」
「そのことと、カヨエールとデカヨエールの差額徴収とどのような関係・・・!!・・・」

「お気づきななりましたか?
差額徴収分は、武器調達費の足しに、
差額が払えない方には通勤路の最寄りの自衛隊員になっていただけ
ないだろうか?というお誘いですよ・
・・」

「きょーせーですね??」

「そんな、カラスさんもお口が悪い・・・
それでどちらになさいますか??
2011年6月以降の差額を払っていただくか?
陸上自衛隊美唄駐屯地(◎)の一員になっていただくか?」

「その前に一つ質問させていただいてもいいでしょーか?」」
「どーぞ。」
JTCってどのような組織ですか?」

Japan Temporary Corps=日本臨時軍団ですが?
車掌からお聞きではなかったのですか
?」

要するに、車輌の中ではあることないことちらつかせて脅し
下車駅でとどめを刺して、
「お国のために貢献させるシステム」
がすでに構築されているのだ・・・

「さー、カラスさん、そろそろ結論を出して下さい。
私も上司に報告義務がありますから・・・」

「銀行振り込みでもよろしーですか・・・?」

「えーそりゃ、もー!!」
相手の顔がなぜかこの時してやったりの・・と一瞬見えたのだが・・・
「よくつーちょーをお持ちで?」

こんなこと、ニョーボにかなふんだくられたって言えるかい!!
私はなけなしのポケットマネーのほぼ全額に近い金を払った・・・


1週間くらいして、新聞を見ると、
札幌ー旭川間特急の中で、車掌をよそおった男が、他の乗客から離れて
座っている客に対して、あることないこと話を持ち掛け、
さらに、下車駅では駅長を装った仲間が
「お国のために、実はあなたの定期券には不備があって
差額を払うか、
今度立法化される集団的防衛権のため通勤路の沿線自衛隊XX駐屯地に
ある期間入隊して自衛隊員になっていただくかしてくださいと持ち掛ける、


脅迫まがいの詐欺事件が多発しており

函館線、特に下り(札幌⇒旭川方面)の用向きがある方は注意してほしい
と記事が載っていた


・・・俺はよーするに特殊詐欺にあったってことだ。
でも、まだテッポーもってドッカ行くよりいいと思わなきゃ・・・と、
気持ちは、なぜか晴れ晴れとしていた。

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◎陸上自衛隊美唄駐屯地
 駐屯地司令:第2地対艦ミサイル連隊長(兼務)
 ●第二地対艦ミサイル聯隊基幹(本部中隊+戦闘4個中隊)
   1個中隊=88式地対艦誘導弾(射程:150-200km)x4
  ほか支援部隊

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もちろん参考図書として記事に載せている個所以外は、全編ヨタ記事です。
特に「JTB及び関係者の方々」スイマセン。

今回ももつまらないお話・・・恥の上塗り・・・ヨタのヨタヨタ・・・におつきあい
くださいました方々、お疲れ様でした。
心から感謝申し上げます。

X  JRの商品名の命名は小林製薬以下・・・ぢゃなくて
〇 特急定期券・・・了

                       カラスのクンセイ 拝