ー松平信綱の屋敷
服部半蔵「半蔵、まかりこしましてございます。」
信綱「まちかねた。はいれ。」
・・・
信綱「正雪の件、真であろうな?」
半蔵「伊豆様までお疑いで・・・
実は、甲賀組20名を先発させましたが、一瞬のうちにして全滅させられたようにございます。」
信綱「何?一瞬で??それは<波動砲>とやらを相手方が操るのか??」
半蔵「伊豆様!!!!」
信綱「いやすまぬ・・・しかし、半蔵の手の者では、お主いつも申しておったではないか、
伊賀忍者隊の方が優れていると。
お主の過去の報告から推し量っても、わしも伊賀組が強い、としばしば思うことがあるでな。
お主が伊賀組の元締めであるという手前みそ (死語ですね~)とばかりとは必ずしも言い難いと、
考えておったが・・・
それであれば、今回であれば、謀反の一味を一撃で倒すなり、確実にとらえる技量をもった者、
すなわち、
伊賀組を先発させるというのがセオリーでは・・・あ、いや、その、道理ではないのか??」
半蔵「伊豆様、それでは、これから申し上げますこと、オフレコ・・・」
信綱「これこれ」
半蔵「失礼つかまつりました。どなたにも御内聞に・・・」
信綱「よかろう。」
半蔵「本能寺の変の時、"神君伊賀越え"がございましたが・・・・」
信綱「それはワシも先代さま(3代・家光)からうかがっておったぞ。」
半蔵「おお、それでは、話が早うございます。
その時、家康様他御重役衆のわきを固めて、水も漏れない輪陣形を作り、外敵を全く寄せ付け
なかったのが
甲賀組でありました。」
信綱「つまり、伊賀組は、自分たちの地元でありながら、何ら、徳川勢をお守りすることができず、
お手柄全部を甲賀組に持って行かれたというわけだ。いや、これは何とも皮肉、何とも
愉快な話ではないか、のー、半蔵?」
半蔵「いくら伊豆様とはいえ、あまりのお言葉、半蔵、これにて退座申し上げます!!」
信綱「あー、半蔵、半蔵、確かに、いーすぎた、わしが悪かった。お主、甘いものが好きで
あったな。
どーぢゃな、白木屋のヨーカンを今ここに運ばせるゆえ、機嫌を直して続きを聞かせて
くれんか?」
半蔵「フッ、ヨーカンでございますか(ピク)。この、半蔵ともあろう者も(ピクク)随分と見くびられた
ものですな(ピクピク)。」
信綱「ホー、半蔵。わしにはお主が、やせ我慢をしているようにしか、見えん。左のコメカミのあたりが
ピクついとるぞ。
ヨーカンはモチロン、今、限りのことではなく、正雪一味の目立った動向をお主が伝えにきた場合、
その都度お出ししようではないか。どうじゃな?そーゆー条件で・・・」
・・・
半蔵「やはり、駆け引きは伊豆様にはかないませんな。」
信綱「何を申す。伊賀組総帥のお主ほどのことはあるまいよ。」
信綱・半蔵「ははは・・・・」
信綱「半蔵、わしらは、ドーカしているぞ。」
半蔵「御意。では続きを。
その伊賀越え以来、家康公は甲賀組に一目置いてしまって、お庭番の格を、甲賀組を全員
「士分・与力相当」、 伊賀組は小頭でも同心格、士分は腕前、貢献度、経験など勘案して
上から100人程度。あとは「農民扱い」
でございます。その序列が今に至るまで続いております。
あの~・・・」
信綱「何じゃ?」
半蔵「ヨーカンをそろそろ一口頂きたいのでございますが・・・」
信綱「いや、お楽しみは、お庭番の話が終わってからぢゃ!」
半蔵「(ちぇ、時間的に、いくらも変わらんべ)」
信綱「半蔵、時間的に変わらないから食わせてもいいのぢゃないか、と顔に書いてあるぞ。」
半蔵「め、め、滅相もございません。
警護、間諜、攻撃、すべての面で、お庭番が功績があった順から出張るように決まったのが、
秀忠様の御時世からだそうで、甲賀、伊賀、根来、黒鍬の順になっております。」
信綱「じゃが半蔵・・・ヨーカン、もうよいぞ・・。」
半蔵「は、ありがたき・・・ややや、伊豆様、これは、白木屋のものではなく黒木屋ヨーカン!!」
信綱「ゆるせ、半蔵。最近のショーヒゼー値上げで我が家計も楽ではないのぢゃ。
察してくれ、半蔵。」
半蔵「拙者が申し上げたいのは、始めから黒木屋と仰せであれば、よかったと申し上げた
かったのです。
やはり、本日のところは失礼つかまつります。」
信綱「やれやれ、菓子一つであの剣幕。よくあれで、伊賀の頭が務まるものだ。
手の者は我慢しているのではないか?
どれ、ワシも黒木屋のヨーカンとやらを食して・・・WWW何ぢゃこれは・・・
半蔵は始めから黒木屋といっておれば食べたといっておったが大いに疑問じゃな・・」
・松平信綱:(1596-1662、老中1633-在職中に病没)
大老・酒井忠勝とともに、3代将軍家光ー4代将軍家綱を補佐した。
松平伊豆守。頭脳明晰なことから「知恵伊豆」とも・・・
・「神君伊賀越え」:旧暦天正10(1582)年6月2日の本能寺の変に際し、徳川家康が明智光秀の軍や
混乱に乗じた落ち武者狩りなどとの遭遇を回避するために、
現・大阪府堺市ー四条畷ー甲賀荘ー(加太峠)-津・四日市ー三河に帰国。
つき従ったものは江戸幕府開府当初重役となった34名と言われております。
この一団を警護したのが、甲賀組でありました。
語り部:徳川4代将軍家綱(実際は大老酒井忠勝)
今回も全くのフィクションです。
長くなると面白くなくなってくるし、段々やる気がしぼんでいきますねーそりゃ、書き手の勝手だろーさ
今回も(もし最後まで)お付き合いくださいました方がおいででしたら深謝申し上げます。
お庭番も楽ぢゃない・・・家綱君の日記② 了