清少納言様におかれましては、もったいなくも、畏くも、本日、二度目の御成りにございます。
北半球では、ヒートアイランド現象やゲリラスコールを御経験以外の地域では、西暦1000年ころ(「枕草子」が完成したころ)が一番温暖で、以後現代にいたるまで、「氷河期」・・・といかぬまでも「氷期」にむかっているというのであります。
皆さんは、「竪穴式住居」というと、はるかむかーーーーーしの産物のように・・・たとえばバックにキョーリューがいてもおかしくないですとか・・・お考えかもしれません。
しかし、1000年前の平安時代の、最下層の人たちは、御先祖様から引き継いだ、竪穴式住居、あるいは、横穴式住居(洞窟)にすんでおりました。
そんな、すきまだらけの住居でも冬場の凍死者はほとんど出なかったらしいのです。
問題は、夏場の過ごし方で、盆地気候の京都の室内生活(官庁生活?官舎生活ですか?)が現在より快適であるとは、とても考えられず・・・
では、「清さん」は「枕草子」で、きどって・・・
「夏は夜。月のころはさらなり、やみもなほ・・・
(中略)
雨など降るもをかし・・・」 第一段
→夏は夜が良い・・・
(中略)
雨など降っている(夜も)趣がある
などと書いておられますが、その実、真夏の夜の執筆は蒸し暑くて大変だったのではないのではないでしょーか??
タテヒザなんぞたてて、小筆の墨も文面を考えているうちに、室温が高く、すぐ乾くし、イライラしていたのでは???
と、そーぞーすると、宮廷女官も楽ではなかったのでは?
夏は夜が良い、雨の日が趣がある、としたのは気温、体感温度が下がりホットする、
うれしい!という単純な実感ではなかったのかと・・・・
「清少納言」および「枕草子」の研究者一同様、スイマセン・・・