しばらく時間がたっちゃいましたけど・・・あの~・・・私も何のコマーシャルだったか忘れてしまって・・・食堂の御夫妻が、キャベツの千切りを「テンコ」につくっていて、さらにさらにさらに・・・作り足していく途中で、御主人の腕が動かなくなって、腕を抑えてヨロヨロ・・・そこへ奥さんが叫びながら駆け寄る・・・といったシーンだったかと思います。
諸葛孔明(諸葛亮)は、「三国志」というより、中国史上、常に他を圧倒し、最高の軍師として登場してまいりますが・・・
ある日劉備玄徳が客人を伴って彼の家に大挙押し掛けます。
「やー、亮ちゃん、悪いね、こいつら腹減っているから、何かたらふく食べさせてやってはくれまいか」
「OK、ボス」
二人の間でこんな会話が取り交わされたことは想像に難くありません。
「チョット失礼」
といって孔明が厨房に引っ込んでしばらくすると、きれいに切りそろえた、ゆであがったばかりのそばが次から次へと出てくるではありませんか。
劉備は大変訝しがり、そのうち、奥さんが、忙しくて倒れるようなことがあってはいかんと思い、厨房をのぞくと、ヒト型のロボットが、孔明から粉を受け取り、それをコネコネし切り分けるところまで行う。切りわけるのはもちろん、孔明が、ロボットにワイヤーのようなものをつけて操作するが、実際の労力の何十分の一というレベルで済みます。
それから奥さんが、ゆであがったそばをきれいに並べて、客人の前に出すだけ、とみごとな連携をみたのでありました。
もし、この話が本当でしたら・・・・中国には古来「指南車」というものがありました。
戦場において、皇帝あるいはそれに準ずる位の地位の方、もしくはその戦の侍大将が乗りました。
「指南車」は、夏、殷、周、秦の古代王朝の御先祖の王様・黄帝が作ったとされ「易経の<聖人は南面をして天下を聞く>」から由来しているのですが、車から出ている棒状の矢印は、車体の向きに関係なく、常に南を向いていたといわれています。
いまの車の構造で言いますと、①内輪・外輪差が出ないようにディファレンシャル・ギアを使い②後退しても簡単なレバー操作で、プロペラシャフトの回転方向が変わらないようなシステムがすでに完成していた・・・べベルギア/かさば歯車・・・の使用がすでに一般化?していた?
ところで「黄帝・・・もうお気づきかと思いますが<ユンケル黄帝液>の名前のモデルです」は実在の人物か?実在であってもどんな実績があったか、全く不明なので、そばロボットのエピソードがあるからには、「指南車」の発案者を諸葛孔明にするのも悪くないなと思う、今日この頃でありました・・・
チョーシにのって書いていたら、もう字数制限です。
正史では、「地雷」が1600年代の「明」の兵法書に出てきているようですが、「横山光輝氏の三国志」では諸葛孔明が作ったことになっているので、次回はその辺にスポットをあててみたいと思います。
次回予告:「あんたぁーーーっ!!??」その2