「従う」と「人」 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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  せん。

「从」なんてかくと、ワケわかりませんね。

「従う」の一番古い形の文字なんです。


<从→從→従>と変化してきましたが、人が手に手を取って導いていく、あるいは頼ってついていく様子は、古い字体が最も雰囲気が出ていませんか?


また時々、言われる、「人」は二人の人が支えあっているところだと。


「人」の字も、立ち上がろうとしている瞬間を横から捉えた象形文字がもとになっています。


もし、「支えあっている二人」というのであれば、人数分の(二人の)「人」の字が入ってくるはずです。



たとえば「旅・たび」という字ですが、偏とつくりの「ノ一」で「軍旗・旗」の意味で、そのほかのつくりは

二人の「ヒト」といういうことになります。

つまり、<軍隊でも「軍旗を与えられた配置人数の大きな集団=旅団>の「りょ」、あるいはツアーコンダクターと客を意味します。


さらに、3つ以上の「ヒト型」が集まった場合は「多数の人」を意味することが多く、民衆の衆の字は、建物(血)の下に「ヒト型」が3つ集まって、多数の人が集まっている状況を説明しようとしています。


以上のことから「人」という文字は、やはり、ひとり分でできていると考えた方がよさそうに思いました。