脳神経外科には、私のような新米脳梗塞患者のほかに、動脈瘤破裂、交通事故、
いろいろと目まぐるしく新人の患者、急患が、入れ替わり立ちかわりやって来る。
私が入院したての頃は、どこからか初老の男性の「おおおおおおお!」と叫び声が
病棟の天井にこだましていた。やがて聞こえなくなった。
代わりにおばあちゃんの絶叫が聞こえるようになった。
「誰か来てえええええ!」「お願いしますううううう!」「誰かああいませんかあああ!」
この声は、私が退院するまで、24時間の間、ずっと聞こえた。
看護師は行かない。声を聞いても行かない。つまり、彼女は用事があって
看護師や介護士を呼んでいるのではない。
彼女は「虚空」に向かって「誰か」を呼んでいる。
誰かを呼び出すことによって、「自分」が存在する。
彼女は「自分」を呼んでいる。だから看護師は行かない、看護師は呼ばれていない。
彼女は「自分」を忘れないように、自分を呼んでいる。
いつの頃の「自分」だろう?川に入って兄弟たちと魚を捕まえていた「わたし」だろうか?
それとも異性の後ろを静かについて行った「私」であろうか?
あるいは、一人で母親の介護に明け暮れた誰も助けてくれなかった「自分」だろうか?
目を閉じていると、誰にも話しかけられることなく、天井を見つめていると、
「自分」が消えていく。
