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もう30年も前だが、ベネチアに行った。

ゲーテが居眠りしていた400年前の喫茶店は営業していた。

そこには入らず、有名なチョコレート屋に行きたくて

ホテルのフロントに地図を見せて「ここに行きたいんだ」と言ったら

「うーん、そうねえ、見っ直ぐ、そして左、また左、そして左・・」

と何度も「アクロース」を連発したので

「おまえ、それじゃあ、また、元の道に戻るじゃねえかよ」

と、突っ込みたくなったが、真剣に説明してくれているのが分かったので

そのアクロースの道を歩いた。

途中何気ない路地に、いきなりコンドームの自販機があり、驚く。

しかし買わない。あいつらの使っているゴムは、台所用の手袋と同じだ。

石畳を仕方なく補修作業しているあんちゃんと目が合う。

”こんな仕事うんざりだよ”やけに鋭い目つきが、口ほどにものを言う。

イタリアの万年病は”不景気”、原因はな、おまえらのその態度だよ、分からんだろう。

 

アクロースの道はなかなかに手ごわい。

もともと海を埋め立て、陸路という概念が最初から欠落している。だから

道があるようで、ないのだ。

 

ゴンドラがやって来る、客がいない。「乗るか?」と言われ、乗る。

改めて舟に乗ると、水の色に驚く、バスクリンだ、いや、もっと濃い緑色。

そうだろう、生活排水が全部この河に集約されている。薬の色だ。

「これでは魚は棲めないな・・」と漏らすと

「おまえは初めてだから、教えてやろう」とサングラスをかけた船頭が言う。

「ここはトラフィックだ。運搬路だ。うんこや洗濯水、そしておまえらのようなトンチキを

運ぶためにあるのさ」

 

舟から降りてまた歩く。

そしてやっと見つけたチョコレート屋さんには、張り紙が ”移転しました、ごきげんよう”