「キモい」と言われて、「ふーん」で終われる人 | 塾の先生×ナリ心理学®︎×子どもの絶対的味方

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小中高生の個別学習塾(不登校・発達障害の生徒も多数)を経営して27年。ナリ心理学認定心理者®︎として親子の「心理学」を発信中。ナリ心理学®︎LINEセッションは毎月募集しています。

 

■マリコ先生の自己紹介

マリコ先生の塾

・東京都江東区で個別学習塾を27年経営

・不登校、支援級の生徒も合格に導く

・教育評論家ではなくガチで現場の人です

・平成の不登校と令和の不登校は違う

・ダメな子どもはいない。ただ、困っているだけ。

・中央大学法学部

進路アドバイザーとは

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ナリ心理学®︎とは

・ナリ心理学認定心理者®︎として発信
LINEセッションマスター

 

 

私は、自分のことを

「マリコ先生」と言ってます。

 

 

 

 

 

先日、

「自分のことを先生って言う人、キモい」

と言われました。

しかも、

「国語の先生ってキモい」とも。

 

 

 

 

 

で、

 

 

 

 

 

私は

「ふーん」

で終わりました。

 

 

 

 

でも、同じことを言われて、

「失礼な人!」

「そんなこと言うなんて!」

と、ものすごく腹を立てる人もいる。

 

 

 

 

この違いって何だろう?

 

 

 

 

 

その言葉が、自分の価値まで刺してくるかどうかなのです。

 

 

 

 

私は、

自分のことを「マリコ先生」と呼ぶことに、

特に迷いがない。

 

 

 

 

だから、

「キモい」

と言われても、

「あなたはそう思うんだね」

で終わる。

 

 

 

 

その人がキモいと思ったことと

私が自分をマリコ先生と呼ぶことは、

別だから。

 

 

 

 

 

でももし自分の中に、

「自分で先生って言うの変かな」

「偉そうかな」

「嫌われるかな」

があると、

 

 

 

相手の

「キモい」

が刺さる。

 

 

 

 

そして、

「失礼でしょ!」

と怒りたくなる。

 

 

 

 

 

 

怒ったときに一回、

「私は何に反応したんだろう?」

を見る。

 

 

 

 

バカにされたから?

図星だったから?

自分を否定された気がしたから?

嫌われたと思ったから?

そこを見ると、

相手の問題だけじゃなく、

自分の中も見えてきます。

 

 

 

私は、

誰かに「キモい」と言われても、

マリコ先生であることは変わらない。

 

 

 

 

私が私をどう思うかまで、

相手に決めてもらわなくていい。🖐️

 

 




『キモい』は、その人の感想私の価値の話ではない。」のです。





では、また。

 




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