感情を感じ切ること。
今日、その大切さを実感する出来事があった。
アメリカ、サンディエゴに住み、日米で盆踊りの楽しさを広めていて、1万人盆踊り大会開催を目指している、のんちゃん。
「舞の神」と名乗るだけあって、
のんちゃんの姿が本当に神々しくて、
その静かでどっしりとした情熱に、
心を動かされた。
私は、そんなのんちゃんに惚れ込み、
のんちゃんにインタビューしたい!
文章で表現したい!!と思ったんだ。
最近、ようやくわかってきたんだよ。
頭で考えたことではなくて、
自分の体の肚から沸き起こるモノや思いを形にしていくこと。
それが自分自神の表現であり、
自分ビジネスなんだってこと。
その感覚を掴めたきっかけが、
のんちゃんへのインタビューとその記事かもしれない。
ただただやりたいと思って、お願いしてやらせてもらった。
お金なんて貰わなくて、全然よかった。
で、
出来上がった記事ね。
なんと本になって、なみぃちゃんのパンチ出版から出版されることになった!
で、今日裏表紙のクレジットについて相談していて。
のんちゃんが「文章を書いてくれたえりさんの名前も出して」となみぃちゃんに言ってくれた。
なみぃちゃん
「オッケー! 『著者 田中えり』でいいかな?」
のんちゃん
「えりさん、どない?」
私は、「著者」の響きに怖さが出た。
だってなんか偉そうだし、大袈裟じゃない?
咄嗟に「『文 田中えり』か『インタビュー 田中えり』でいいんじゃない?」と言いそうになった。
けど、たしかに「著者」だし、
なみぃちゃんがそう言ってくれているんだから、
ここは、その流れに乗るべし!
と
「それでお願いします」と返答した。
だからのんちゃんの本には、
「著者 田中えり」と表記される。
私、「おきなわ家族ごはん」という本の出版の夢を語ったバイ柴トークスでは、
「著者 田中えりりん」
という名前で登壇した。
それは、肩書きうんぬんではなくて、
私の思いの詰まった本を
この世に産み落としたい、
という願いの現れ。
それが「著者 田中えり」なの。
のんちゃんの本には「著者 田中えり」で掲載される。
素直に嬉しかった。
前にハッピーちゃんが言っていた。
「たとえば、自分の洋服ブランドを持ちたい人は、1枚Tシャツを作れば、もうそれは自分ブランドなんですよ。そういう小さいところから始めていけばいいんです」と。
今日のこれ、まさにそうだよね。
「これはまだ夢が叶ったとはいえない」とか思わなくていい。
もう夢が叶ってる!!
じゃあ次は!とまた一歩一歩、小さな夢をどんどん叶えていけばいいんだ!!
と思った。
本当に嬉しくて。
その嬉しさを存分に感じたくて、
あえて、
両方の拳を天に突き上げて、
何度も「やったーーー!!」と声に出して、
ガッツポーズして喜んでみた。
そしたら、
もっと嬉しさが湧いてきて、
なんと、涙が流れたんだよね。
魂が震えるほど、喜んでいることがわかった。
私って、こんなにも自分の本が世に出ることを望んでいるのか!と体感できた。
だからね、
嬉しい、悔しい、寂しい、哀しい、楽しい…
の感情が出てきたら、
体も、声も使って、
思いっきりその感情を感じ切ってみる。
そしたら、自分の魂が望んでいることが明らかになるよ。
私たち人間は、この感情を深く味わうために生きているんだな、
これが生きてるってことだよね、
と、納得したんだよね。





