九州ツアーから関東

 

畠山美由紀ちゃんソロ25周年記念ライブへ

 

 

 

高校の時の親友がこの夏沖縄に遊びに来てくれて、

 

今は大船に住んでいるからいつでも使ってといいよと誘われ、

 

 

畠山美由紀ちゃんの25周年記念ライブが江ノ島だったのでそのお祝いがてら福岡の帰りによって泊まらせてもらうことに。

 

かつて大所帯バンド・ダブルフェイマスという音楽団があった。

 

美由紀ちゃんのソロライブで、ゲストにダブルフェイマスを呼びたいとのことで、

 

メンバー中4人は集まるというのでそのミニダブルフェイマスを観にいくことにした。

 

行きたいが、実際やや悩んだ。

 

美由紀ちゃんのファンとダブルフェイマスのファンの客層も違うし、

 

人が集まる場というのも今や得意じゃないし、居場所がなくてアウエー感もあるし、リハには出れないのでただ観に行くというのも微妙だし、、、。

日程も九州の帰りでちょうどよく泊まり先もちょうどよくあったので気にはなるから行くことにした。

 

会場でダブルフェイマスに入るきっかけとなった元ジョンブルの社長とも会えた。北川さん、岡山からわざわざ来てくれていた。

 

北川さんといえば、原宿のお店の1フロアを無料で場所を貸してくれて、たくさんの人アーティストが世に出るきっかけを作ってくれた人だ。

 

私も初の個展をさせてもらい、

その時、オープニングイベントでダブルフェイマスのメンバーに半強制的に囲まれてメンバー加入を誘われたのだ。

 

楽器持ってるよね〜みたいな感じで、まだ始めたばかりでおぼつかない私がいいのか????え????

 

まだそこまで活動してなかったバンドでもあったのでゆるっと入った感じでそれから毎週火曜の夜は集まって練習することになる。しかしその直後くらいから急にライブが増えたりと忙しくなっていったのであった。。。

 

 

話は前後するが、ファーストアルバム1998年9月にMidi Records系列のインディーズレーベル「Bridge」から『Esperanto』がリリースされた。

 

この録音には私は関わっていないが、

 

できたてほやほやのCDが配られる瞬間に私もいて、

 

みんながファーストアルバムを手にして感動しているとき、貴重なその一枚を私にもくれて、共に手に取り私にまでいいのだろうか?と一緒に喜びを分かち合ってくれた。

 

その数ヶ月後正式メンバーになった。

今やネットでなんでも調べられる。

 

「Rhythm of colors」(色彩のリズム)というタイトルで初の個展を「Johnbull Private labo 原宿」で開催したのが同年11月。

 

自分のオープニングイベントでは青柳くんに演奏してもらい、

 

フェイマスメンバーもみに来てくれていて、その夜に追加メンバーとして加入が決まった。

 

私は1998年の11月〜2人目妊娠時の2009年までの11年を在籍。

 

28年前に11年間活動。加入後は夏フェス10本、海外遠征もありまあまあ忙しくアルバムもいつくか出した。

 

次女を妊娠してから、バンドを抜けてそれ以来会わなかったメンバーでボンゴの細窪くん、サックスのカーヤとは計算すると江ノ島で17年ぶりに会った!

 

 

 

メンバーの入れ替わり後もバンドは続いたが、沖縄移住してたので活動は追えておらず。

10年前には解散したそうだ。

 

いい思い出はいい思い出のままにしておいた方がいいだろうか?も過ったが、

 

生きて会える機会もそんなにないだろうから考えずとりあえず行ってみたのだ。

 

ジョンブルの社長の北川さんも、いろんな人に会えちゃったよ、俺もう死ぬのかななんて言ってたけど、、、

 

 

出会ってくれたことの感謝しかない。

 

ダブルフェイマスは自分史の中での一つの歴史事項だ。

 

17年という時間の中で、全く交流しなかった人もいるが、

集まればすっと時が埋まるような感じもあったのが不思議だ。

 

 

25周年 おめでとう!! 

 

時代時代で声の質感も変わり大人のライブで素敵でした。