白血病で抗がん剤を治療をされている方から、
この治療に耐えられなくなったというお便りを頂いて。
わたしは中学校の時に雑誌で読んだ、末期ガンや、エイズ患者の人が、
厳格な食事と、ライフスタイルを変えたことで、
余命宣告から何年も経過して、普通に暮らしている人のレポートを読んで、
マクロヴィオテイックを学ぶきっかけに。
特定の病気のための食からのアプローチを学んだといっても、
医療の現場とか、専門的に研修をしたことはないし、
食と家にあるものでお手当てをしたり、
家庭や周りの人、子育てに取り入れている自分のライフスタイルの話を、
ラジオ番組でしていた時期があって、
食の基礎的なことの知識は少しはある。
ただ、良い食事でも、大食や心癖なども含めて、
とり入れることと出すことのバランスが崩れたり、
本当の心からの願いと外れた生き方、考え方をしていても健康を崩すことがあって、
カラダの土台を作るのは食事も大切だけど、それを吸収できるようになっているか、
自分も沖縄に来て、体調を崩すことが増えて、もう一つカラダを作っている土台の
「心」
について、自分への優しさから遠のいていたと気がつくことに。
私たちは60兆個の細胞から成り立っていて、
その生命や行動を担当しているのは、約37兆とも言われる遺伝子。
その中から特に重要な遺伝子は、たった7%なのだと。
そしてこの7%の遺伝子の半分は、消化器器官にあって、
食とその大切な遺伝子は、密接な関係がある。
フラワーエッセンスとか、イネイト、波動療法、ホメオパシー、
レイキ、食事療法、断食とか素晴らしいものが他にもたくさんあるし、
もちろん西洋医学も。
治る人と、治らない人がいる。
それがどうしてだかわからない。
私の捉えている自然療法って、延命が目的ではなく、結果そうなることもあるけど。
これさえやればとか、この人なら病気は治してもらえるとかでもなくて、
人が持っている、自然治癒力に働きかけるお手伝いをしてもらって
治るきっかけをもらうというのが近い感じかなと思っている。
自分を癒すのは、本来誰もが持っている自然治癒力。
その自然治癒力ってなあに?
「愛」
自分でこんなこと書くようになったんだなー。
いつも書いていて、驚くことがあって、
前ならきっと免疫力、自然、生命、宇宙や地球から流れてくるエネルギーを、
体にブレーキかけずに流すとか、その流す潤滑油が、
感謝とかそう言うことを先人は言っていたのかなとか、
気功を少ししていたので、エネルギーという言葉を使って自分は書いたと思うけど、
今年はもう全部、愛が包容してるってことに何書いていてもなる。
自分にブレーキかけていたものを、いろんな角度で見つめる機会になっている。
胸の発作を起こすことがあって、
五行陰陽では、肺は腸とセットだと言われている。
その臓器に溜まりやすい感情も大きく影響している。
臓器には心があるの。
快便、快眠、快食、そして快心という幸せや在り方、本当の願いは魂から来てる。
私は病気を通して学ばさせてもらえる機会があって、
自分や家族、周りの人を見つめるための時間を与えてもらうことだったり、
どんな生き方がしたいかを考えたり、改め直すきっかけをもらった。
自分の内面に深く深く入って感じて
いろんな角度から自分を見ていた。
今もそのプロセスの過程にいて、生き方を選択し続けている。
病気になった心癖の傾向は、今もあるから。
病気という形で現れる前に、
心という場で表現される。
自分自身の表現として、病気として現れたのは自分の声。
自分の声を聞いていく。
臓器に記憶されたことと対話していくと、
愛を発見していくことになった。
病気から、限りある「生」というものに向き合わされて、
苦痛や、見た目に現れることは、
とてもしんどいし、怖かったけれど、
お蔭様の病気だと感じれる時がきた時に、
本当にそれはとても嬉しい瞬間だった。
たくさんのことを教えてくれる「病気は」、
今までの歓迎できない、早く出て行ってほしい、
忌み嫌っていたものではなくなった。
その時、初めて、わたし病気でもいいって思えた。
もっと対話しよう、したいって。
病気を丸ごと認めて迎えた時、
すーっと恐れがしぼんで、発作を回避して楽になっていた。
今まで逆のことをしていたんだとわかった。
だから、頑張ってとか励まさない。
だって充分頑張ってるから、病気になったのだと思う。
悪いところと闘ったり、切り取ったり、菌を殺しても、
その戦っている部分も自分だから。
そこを否定しながら、癒そうとすることは矛盾していることになる。
健康じゃない自分を否定してしまっても、それも自分だから、
内側に争いができちゃって、自分を傷つけてしまう。
争いは次の争いを生む。
わたし、今まで自分勝手に傲慢に生きていたのに、
それは全然自分を大切にしていることじゃなかった。
むしろいっぱい自分を傷つけていることだった。
病気は自分が作ったものだから、
自分そのものなのに嫌う。
その病気である自分を嫌って、自分を攻撃してしまっていた。
それは、病気ではなくて誰かに反映されて表されることもある。
誰かが嫌いとか、
あの時のあれが、許せないという感情と結びついていることとも同じく、自分を攻撃してしまう。
誰かに対して、何かに対して、
愛して愛してって要求して、
実は、愛して!愛して! もっと自分を愛して!
と自分が自分に言っていることだとは
これっぽっちも気づいてあげられてなかったの。
絶対に嫌だった病気を、とうとう病気でもいいやって思っちゃった。
諦めたのではなくて、愛しちゃった。
なぜなら一番愛して欲しい私がそこにいたから。
病気も愛の変化球だったの。
自分に良くないこと考えて、また自分いじめやっちゃったと感じることある。
そう気づいたら、その度自分をみとめていないことを発見して、
癒すアプローチへと進む。
「もう終わりだ」っていう行き止まりじゃなくなったのが嬉しい。
プロセス全ての中にも、生き方や、愛が反映されるんだとわかったから、
ずっと生きている間、
人生の舞台である生に対して
本当の自分を生きているか
自分に何を与えているか。
真の意味で愛や許しを自分に与えると、
奇跡が起こる。食も変わる。
話がちょっと前後しちゃうけど、
ほとんど病院に行ったことも、かかったこともなかったのに、
なぜだか、病院にはわからないけどトラウマレベルの恐怖を感じていた。
そのトラウマはこの時のことだったと、今日書いていて気がついた。 トラウマ
もう生まれる前からそうだったんだ。
だから、中学生の時に雑誌を読んだ時にすぐこれだって思ったんだ!
自分を愛すことがよくわからなかった。
美味しいご飯を食べたり、素敵な洋服を着ることは楽しいことだけど、
だらだらと、嫌な思いや不安を自分に垂れ流していると、
自分が発していることばや、思考は自分が一番聴いている。
幸せかな。
私も呼吸ができない時は、パニックになってしまうから、
発作が出るとどうしてもそこから距離を持つのが難しい、
自分を大切にしているか、できているか、レッスンがあるなと。
これは私のことの話し。
何か参考になることがあれば幸いです。
そしてもちろん、サポートは大事。
海外では痛み止めに、医療用の麻を使ってくれるところもある。
無害で、意識もちゃんと保てる医療用の麻は、痛み止めにも治療にも使われている。
日本の非常識は、世界の常識だっりする。
治療もいる世界で変わる。
長期にわたる入院生活で、辛い治療を受けていると思います。
人生の中でも、とても難しく、厳しいチャレンジと今いることをとても尊敬します。
感じさせてもらえる機会をくれたことありがとう。レターを通して私も一緒にいさせてね!
血液のメッセージは緊急性が高いと思うのね。
いきなり治療はやめるのは危ないと思うし、専門家と相談しながら。
最高の先生と出会えるといいね。
病院にいる間は、食事制限はできないと思うので、
自分は病気治しをお願いしたことはないのであれですが、
知人友人が、おすすめしていて評判になっているところです。
沖縄でも受けれるようなので、添付しました。
また他にも情報あれば送ります。
みなさんからも情報があれば宜しくお願いします。
全盲となりカラダを一切動かすことができなくなった沖縄のおばあが、
臨死体験以降、目も治り、その後全国病気治しに元気に飛び回っている。
一般社団法人Sangoから、「おばあ」へのセッション希望でつながると思います。
上江州さん
沖縄の精神科医の越智啓子さんやさとうみつろうさんも支持している方です。
https://www.masteruezu.com
沖縄にいることも
これは、愛する仲間への呼びかけです。
vol.54 「❣️遺伝子と心」
Tami’s vegan cafe 北谷町美浜 69-15 2F
