この子すごい!って

昨日書きましたが、

 

その夏の

たった1年前までは、

私の、娘に対する評価って

最低だったんですよ。

 

だって、

学校行かないし、

人と話もできないし、

言われたことを聞けない

(すぐ忘れる、というより、

最初から把握しきれない感じ)し、

困ったことがあると

すぐ黙り込んでしまうし、

 

何とかしよう、って

がんばって努力するとか、

人として大事なものが

欠けてるよね?

みたいなことを

感じてました。

 

そのくせ、

これと言った特技もないし、

ただ家でグズグズゴロゴロしてるだけ。

将来の展望も夢もなくて、

何がやりたいって希望もなくて、

 

ホンット、

見てるだけでイライラする。

 

そうやって家にずっといられたら

私が自由にできないじゃないか!

 

いつまでお前は

私の邪魔をして

苦しめるんだよ!

 

とか、

そんなふうに思ってましたよ私。

毒親の自覚100%ありました。

そんなふうにしか思えない自分のことも

超せめていたし、

自己嫌悪しかなかったけれど。

 

とにかく、

それまでの私は、

 

私の方が大人で親で、

いろいろ知っているし

いろいろできるという立場で、

 

娘は何も知らなくて

何もできない存在、

 

みたいな位置づけで

とらえてました。

 

 

でも、

実際はそんなことはなく、

 

ただ、性格とかタイプは

全然違ったけれど、

私が全部やってやらなきゃ

何もできないような子では

決してなかったようです。

 

一緒に暮らしている上、

保護者としての責務なんかも

考えてしまってた私には

気づけなかったけど、

 

他の人の方が

娘のよさをいっぱい見つけてくれましたね。

 

相談室の先生もそうだし、

星槎のオープンスクールに行ったときの

先生や他の生徒さんもそうだし、

私は直接関わりはなかったけど、

「ネットで知り合った同好の士」なんか、

実際見たこともないというのに、

ネットのやり取りだけで

この娘の友達になってくれたなんてさ、

私にはわからないけど(苦笑)

彼ら彼女らにとっては、

うちの娘って

それだけの魅力があったってことなんだろう。

 

私にはそんな方法で

知らない人と知り合うことなんて

できないや、って、

その時ホント思いました。

 

 

私がいろいろ言わなくなったために、

娘が動ける範囲も広がったし、

やってることも

チラチラと私に見えるように

なってきて、

 

何やってんだかやってないんだか

わからなかったけれど、

実は、何か歌ってたり、

実は、デジ絵も結構うまかったり、

実は、動画もいじってたり、

 

私が知らないような

いろんなことを、

私よりもずっとうまいこと

やってたらしい、と、

この頃からうっすらと知ることになります。

 

私にいちいち報告するより、

やりたいことは

だまってやるタイプだったようです。

私は、いちいち

これがおもしろそうで

これがやりたい、とか

アピるところから始めるタイプなので

そういう「宣言」がないのって

やりたいことがないのかと

思ってたけど、

よくよく考えたら

娘の方が

ずっとスマートだった!

 

学校の勉強はニガテだったけど、

それは興味や適性がなかっただけ。

この子すげぇ、って

思った、もう一つの要素がそこ。

 

この子、恐ろしく正直すぎる

 

自分で興味がなくて

必要ない、やりたくない、と

思うことは、

ホントにやらない。

義務教育だろうが、やらない。

義務教育を受けさせるのは

国民の責任と義務なので

キミに登校してもらわないと

私が困る!と

泣き落としたところで、

行かないw

 

娘の興味>>>>>>>日本国憲法

 

とか、

お前はどんだけ

BIGなヤツなんだ!!!

そういえば、

この頃から

見た目もBIGになりましたね(;´д`)

 

私だったら、

怖くてできないし、

実際できなかったなぁ。

 

時代も違うけどね、

もし私が今

そんな年齢だったとして、

今はもっと自分のやりたいことが

できる時代なんだから、

学歴だけが全てじゃないよ、なんて

言われたところで、

きっと

「でも、他にこれといった特技もないし、

やりたいこともないし、

将来不安だからとりあえず

学校は行っておく」

って、思ってたんじゃないかな。

 

私の方が

よほどヒクツだわね^^;

 

私にはできないことを、

恐れもせずに

こんなに軽々と

やってしまうんだな、この娘は。

 

しかも、

基本甘ったれではあるし、

頭の回転が早い方じゃないから、

何か困ったことがあると

すぐフリーズしちゃうし、

できないことはできないから

結局無理矢理やらせることもできず、

誰かに助けてもらうことになるんだけど、

そうやって誰かに

何とかしてもらえてる。

 

私は、

自分のことは

自分で何とかするのが正しい、って

思ってきたから、

できないことは

人に迷惑をかける

よくないこと、

できない人は弱い人で

ダメなんだ、

としか思ってなかったが、

 

この子を見てたら、

 

でも、

できなくても

助けてもらえてる、

何とかなってる、

って意味では、結果としては

大丈夫なんだよねぇ。

もしかして、

弱いとかできないとか

知らない、ってことは

最大の強みなんじゃないの?

 

って、

すごい気付きを得たものです。

 

嫌味ではなく、

ホントに感心しました。

 

 

 

こうやって、

やってもらってばかりって、

結局迷惑かけてるし、

本人何も役にたってないんじゃない?

 

って、モヤモヤする人って

きっといるだろうね。

 

その辺は人生とか運命って

うまいこと帳尻が合うみたい。

 

ここまで、

彼女への投資も

かなりしてきたわけですが(笑)、

 

そのおかげで、

その後、

私が知らなかった

いろんなことを

娘に教えてもらえることになったし、

(些細なことかもしれないが、

誰に聞くあてもなかったようなことが

たくさんあったよ。

ツイッターのやり方から、

超会議の面白さとか、

小林賢太郎とか、

お絵かきソフトの使い方とか、

まあ、いろいろ。

 

何か知らんけど

あいつはいろいろ

面白いもの見つけてくるのが

得意なんだよね。

私にはないセンス。)

 

FGOも、

娘が先にやっててくれなかったら

多分始めるきっかけがなかっただろうし、

 

それがなかったら

多分今年のオンリーイベも夏コミも

でてなかったろうし、

 

ノベルティのイラストも

頼めなかったろうし、

 

あのとき祖父に買ってもらった

娘のPCは、

お下がりとなって

今は私のものになってるし(*´艸`*)

 

何より、

あの娘がいなかったら、

きっと今でも

私は、

 

それまで私が

正しいと思ってきたことしか

正解だと思えず、

ギリギリでこなせはしたが

結構ハードモードな、

余裕や優しさのない人生を

今でも送ってただろうって思う。

 

できないことはダメなことだと、

いつも人と比べて

自分はちゃんとやってる、

だから大丈夫、なんて、

他人軸の基準のまま、

常に緊張しながら、

できない自分にならないように、

自分も他人も見張り続けて

何なら相手の粗探しをしてでも

自分のほうが優位だと思い込もうと

キリキリしながら、

疲れ切っていたんじゃないかな。

 

うまくいかないのは

全部環境のせいで、

私はただしい、ちゃんとやってる。

なのにあの人たちは

何もわかってない、

周りが悪い、理不尽だ。

何で私だけ

こんな目にあわなきゃいけないの?

 

って、

自分だけの「常識」を

疑うこともなく、

決定的に悪くはないけど

すっきりしない

半端な人生に

疲弊してたんじゃないかな。

 

 

元々子どもは好きじゃなくて、

自分が親になると決まったときも

嬉しさよりも不安の方が

大きかったし、

別に好んでなりたかったわけでもなく、

子育て中だって、

「育児は育自」とか、

うっせーよ、

そんなこと望んでねぇよ、

別に自分が成長とかしなくていいよ、

何で今まで

そこそこ人生楽しかったはずが

こんなことに!

私がどんな悪いことしたっていうんだろう?

なんて

十数年思い続けて

世間を呪ってきた私が、

 

やっとこの頃、

ああ、子どもがいてよかったのかも、

と、

うっすらと

思えるようになりました。

 

私が四十何年信じ続けてきた

苦しい思い込みを、

外すきっかけになってくれたなんて、

 

この子、すげぇ

 

って、心から思います。

 

自分の子だからかわいいとか

そういうレベルではなく、

そう思います。

 

 

でも、

普段一緒に生活してると

ムカつくことはフツーにありますよ(*´ω`*)

そんなもんです。

 

この記事に続きます。