私も娘も
中学への抵抗は
以前ほどではなくなったこの頃、
中学すら
行かなくていいやと
思ってたくらいなので、
高校も行かなくたっていい、って
思ってました。
それでも、
一応念の為、
「不登校向け?に、
入試とかない高校も
あるみたいだけど、どうよ?」
と、
娘に聞いてみたところ、
高校は(行くかどうかはともかく)
ちょっと興味はあるみたいでした。
家で引きこもってる間、
ツイッターとかオンラインゲームばかりやっていて、
そこでできた
「ネットで知り合ったお友達」は
娘よりも
ちょっと年上が多く、
高校生とか大学生、
社会人だけど若い方ばかり
だったんじゃないかな。
中学に登校していたとして、
毎日同じ年齢の学友との交流が
メインだったら、
きっと得られなかった刺激を
彼女なりに受けてきたんだと思います。
自分よりちょっと先の未来を
今生きてる人がいると知って、
あの人たちが通っている
高校って、どんなものなんだろう、と、
好奇心もっても当然でしょう。
前の年の夏に、
子のやることに反対するのやめる、
と決めて、
(超イヤだったけど)
ゲームも夜更かしも
すべて容認し、
やってみたいことはあるけど
パソコンがないからどうせできない、
とかほざくので、
20万くらいのPCを買ってやり
(※祖父に頼んでお金出してもらった。
孫がやりたいことあるから買ってやって欲しい、と
親にはじめて頼み事を言えた)
デジ絵が描きたいけど
ペンタブがないからどうせムリ、
とか言うので
それも買ってやることにし、
オンラインゲームに課金するのも
禁止せず(まあ、私の金ではないが)、
歌い手だかユーチューバーだかの
オフ会みたいのに
行きたいというのも許可し、
スマホも買ってやったぜザマアミロ
(格安SIMのやつだったけど。これは私の財布から出した。
今にして思えば、そんなの私が払うことなかった!)
ホント、可能なかぎり
好き放題させてきました。
最初は怖かったよね。
そんなことしてたら、
どんどん堕落して、
廃課金のひきこもりニートになって
一生家からでないか、
ネットで知り合った人に騙されて
最悪の人生しか送れなくなるんじゃないかとか、
よくないことばかり
想像してたけど、
そうとは限らない、と
思い切って全許可してみたら、
どういうわけか
家にいながら
全国にお友達作って
いろんな情報集めて
いろんなことやってた。
お年頃だから、
親にはいちいち言わないし、
何やってるかも
隠してたけど、
私が思ってるよりも
ずっといろんな事
考えてたみたいだ。
きっと、あのとき
私が従前のまま、
ネットもゲームも禁止して
学校行かせようと
毎日キリキリと
戦い続けていたら、
娘にはきっと
そんな余裕もできなかっただろうし、
参考にしたいと思えるような
ちょっと先の自分の可能性を
見ることもなかったんだろうね。
私がそう決めたから
私がえらいとかすごいとか
そういうことじゃなくて、
かつての私のように、
「このままでは
きっと悪いことになる、
この子の将来が不安」
って思ってるお母さんって、
結構いると思う。
実際、グループセッションで
そのままのような
ご相談を受けたこともあるよ。
だってここで私が
何とか正しい方向に
育ててあげなかったら、
この子はきっと
一生甘ったれ続けて
人に頼りっきりで
自立できなくて
親のスネかじり続けると思う、
なんていう不安も、
ホント、わかる。
私がそうだったから。
でも、
そうとも限らない、
ってことも
私は知ってる。
実際試してみて、
私が思ってたような
悲惨なことになんて
ならなかったと
体験してるからさ。
それどころか、
私が余計なことを
何もしないほうが、
うまいこといくみたいだ、って、
体感としてわかってきたよ。
長くなるけど、もう少し先のことまで書いておく。
幸い、
それほど遠くなく
通える範囲に
何校かあったので、
見学会や説明会に
いくつか行ってみて、
行くとしたらここかな、と
比較的関心を示したのが
星槎で、
私も一緒に行ってみたし
校長先生とも
お話ししてみたけど、
いい学校だな、って思いました。
創立者の宮澤会長の本も読んで、
そのパッションの強さに感動して、
娘よりも私が
この学校に行きたいと思ったくらいです。
体験会、って言っても、
クッキー作ったり
紙粘土で何か作ったり、
お絵かきとか折り紙やったり、
そんなのがメインでしたが、
高校ここに行きたいというので、
その年の7月、
夏休みに入る前、
校長推薦という形で
推薦枠第一番で
受験(面接のみ)をして、
面接時には
ガチガチで
何も話せていませんでしたが、
「入学したら
やりたいことをやればいいよ」と
あたたかく迎えていただき、
中学、ろくに登校もせず
通知表はオール1だったにもかかわらず、
あの学年で一番に
進路が決まったのが
ウチの娘でした。