こんなことになり、
勇気出してみよう、と
一歩踏み出すと、
ニガテな先生も
いなくなるもんだなぁ、なんて
現実、超SUGEEE!
とか、ちょっとびっくりした4月。
新しい相談室の先生は、
昨年度までは
他の学校で
担任を持っていた先生でした。
つまり、最初から
相談室の先生だったわけでは
ありませんでした。
定年になったけど、
子どもたちと
教室にいるのが好きで、
もう少し学校に
関わっていたくて、
相談室の先生として
新しく採用してもらったらしい。
今までの相談室の先生は、
最初から専門の先生だったので、
きっと、正しい心のお勉強をして、
正しい現場対応をする先生だったのだろうけど、
今度の先生は
相談室勤務自体がはじめてで、
ある意味
先生ではあるけど新人みたいなもの。
結果的には、
私たちにはそれが
都合がよかったようです。
私たちは
前年度までのこともあるので、
「学校側としての立場は
あると思うのですが、
もうね、この子は
ムリに登校させなくて
いいと思ってるので、
あまりその辺りは
期待せずにいてもらえますかね」と、
初日にはっきり伝えました。
そう、
今まで私ができなかったこと。
自分の思っていることを
正直に伝える、ということを、
その日はじめて会った
この先生に
どストレートに
言ったんです。
もう、ろくでもない保護者だと
思われてもいーや、という
気持ちもありましたが、
私が勇気を出して言ったにも関わらず、
別に何か諭されることもなく
特に何か悪いように
受け止められた感じでもなく、
若干拍子抜けしたくらいです。
実際、
これまでのように
あくまでも
「学校に戻れること」が
正しく唯一のゴールで、
そのためのアプローチ以外は
難色を示されるということもなく、
この娘に対しても、
無理強いはせず、
でも、関心はしっかり寄せてくれて、
好きなことを聞いてくれたり、
良いところを見つけてくれたりして、
娘も、嫌な印象は持たなかったようです。
多分、
何からどうすればいいか
わからなかった、ということも
あったのかもですが、
とりあえず娘連れて相談室に行ったものの、
娘はろくに話もしないで
ただ私の隣に座ってるだけで、
やることもないので
小さいスケッチブックを持っていって
落書きをしてたのですが、
(おそらく、彼女的には
緊張感を紛らわせる方法だったんだと
今は思う。あと、ある意味
うまく話せないかわりに
意思疎通のツールでもあったのかも。)
そんなのを見て
絵がかわいくて癒される、と
ずいぶんほめてくれて、
娘もそれは
悪い気がしなかったらしく、
また次も何か描いて行く気を
チラチラ見せつつ、
1週間に一度くらいは
相談室に行ってもいいかも、
みたいな感じになりました。
相談室に行っても、
娘は無言でお絵かきをして、
もっぱら私と先生で
雑談していた感じで、
娘を登校させようというより、
私が先生との会話を
楽しみに出向いて行ってましたね。
娘抜きで
ただ、用もなく
おしゃべりに
遊びに行ったことも
一度ならず(*´艸`*)
ホントはダメだったんだろうけど、
お菓子持っていって
お茶タイムしてたり、
コッソリではありますが、
ちょっとしたフリーダムな時間も
作ってたりいたしました。
相談室なので、
他にも何名か
同じ学年の子も、
下の学年の子も
来たりこなかったりでしたが、
他の子はだいたい
隣の部屋で
自習してたので、
何か大人たちで
話盛り上がっててゴメン!だったかも。
ウチは、
勉強する気はないし、
それ強制されるなら行かない、
という態度だったので、
最初のうちは、
何かやってみたいお勉強があれば
もってくるといいよ、
くらいは言われたものの、
別にそもそも勉強など
したくない子だったし、
来ても絵ばっかり描いてるし、
それが無駄にちょっとうまかったりしたし、
先生の好みの絵でも
あったようで、
何かリクエストされて
描いて持っていったりして、
そのうち何枚かは
プレゼントしてたようだし、
そんなことしてるうちに、
絵、素敵だから壁に飾ろう、
みたいなことになって、
相談室の壁が
イラストコーナーみたいな
感じになり、
娘はまんざらでもなかったようで
いろいろ描くようにもなったし、
ちょうどその頃
ドはまりしてた
小林賢太郎の話などでも
ずいぶん盛り上がって、
DVDを貸したりもしたっけなw
勉強とか進学の話
ナッシング!
(※普通の小さめの公立中学です)
娘はどうだったか
やっぱりよくわからないけど、
私はそんな生活が
なかなか楽しかったです。
私が心屋の上級セミナー受けたり、
パッションテスト養成講座に通ったりしたのも、
この時期、
中3の一学期の頃のことです。