昨年の8月12日の話
5時起床
1時間程度、ポスティングの仕事
「ありがとう」っていっぱい言うといいよって聞いたので、一軒一軒のポストにチラシを投函しながら「ありがとう」って呟いていました
歩きながらもリズムをとるように「ありがとう。ありがとう。」
たくさんの「ありがとう」を言い続けていると、気づいたことがありました
私、自分自身に「ありがとう」って言ったことがない
コンプレックスばかりで、自分の欠点ばかり気にして、自分のことを全く認めていない
他人に認めてほしがっているのに、自分は自分を認めていない
そうだ、自分に「ありがとう」を言おう!
この考えが浮かんだ1年前のあの朝
もう本当に嬉しくて、すごい発見をした気分になって、この想いを忘れないようにノートに書き残しました
「私の心にもありがとう。私の魂にもありがとう。私の体にもありがとう。私が私でいてくれてありがとう。」
そんなことをノート1ページに書いて、とても満たされた気分になりました
実際、自分の体を触りながら、「ありがとう」って心をこめて何回も言いました
本当に嬉しくて、生まれ変わった気分でいました
この後、日課のヨガをし、久しぶりに瞑想もして、心も体も充実
私は私でいいんだ、と心底思えて幸せな朝でした
そして、朝食後、家の中でただ普通に歩いていると、腰に違和感を感じました
別に重いものを持った訳でも、何かを拾おうとした訳でも、無理な体勢で動いた訳でもありません
ただ歩いただけです
その違和感は徐々に痛みに代わり、それから2時間後には立つことさえ出来なくなりました
そして、這うことも出来なくなり、寝たきり状態に・・・
寝返りさえ激痛が走りました
これは一体どういうことだろう?
自分の体に「ありがとう」って言ったら、動けなくなってしまった
これは「ありがとう」に対する答えなのか?
何か意味があるのだろうか?
全く動けない状態で、今自分の身に起きている事の意味を考えました
あれから1年経ち、あの日の前後の事を思い出しながら原因を考えてみました
まず、昨年の7月末、娘が耳が痛いと言い出し、耳鼻科医に連れて行くと中耳炎になっていました
耳のトラブルは、陰陽五行でいうと、水性(腎臓・膀胱)が弱っている証拠
体が冷えていたのだと思います
1年前も知識として知っていたはずなのに、自分の中に落とし込めていなかったので、冷えに注意しようと思うこともなく、エアコンが効きすぎているのではと考えることもありませんでした
そして、8月上旬、家族で3泊4日の旅行に出かけました
ホテルは冷房が効いており、寒いくらいでした
娘たちのプール遊びに長時間付き合い、さらに体が冷え切ってしまいました
そして、飲み物はホテルの冷蔵庫に入っている冷えたミネラルウォーター
南国に行ったはずなのに、体が冷え切って帰ってきました
完全に水性が疲れてしまいました
それから一週間後、私は立てなくなってしまったのです
娘の耳のトラブルがサインだったのだろうと思います
そのことを冷えと結びつけることが出来ていれば、少しは対策を立てることが出来たのではないかと思います
今年は、雨の日で窓が開けられない時以外はエアコンをつけることもないし、少し冷えたと思えばレッグウォーマをつけて、カイロで温めたりもします
冷たい物も気をつけてとっています
食べ物にも気をつけています
冷えを感じたら、良い塩を入れたお風呂にゆっくりつかります
おかげで今年の夏はいつもより楽に過ごせている気がします
夏は暑さ対策に気をとられがちですが、冷え対策の方が大事なのだと実感しています
さて、1年経って、あの事件を振り返り、分析してみると、
やはり体が冷えていたことが一番の要因です
しかし、なぜあの幸せ絶頂のタイミングで?
私は自分で言うのも変ですが、頑張り屋です
人に認められたい、評価されたいと思い生きてきました
私の想いに応え、私の体も頑張ってきました
1年前の今日、自分自身に「ありがとう」って言ったことで、私の体もやっと認めてもらえたと感じたのだと思います
私は私でいいんだよね
そんなに無理して頑張らなくてもいいんだよね
そう感じたのでしょう
で、休むことにしたのでしょう
ちょっと極端ですけどね
もうちょっと緩やかな休みの取り方がなかったのだろうかと思ったりもしますが、私らしいと言えば私らしい
考えついたら、すぐ実行したくなる
私の体も、もう頑張らないって決めたのだと思います
動けないのは大変でしたが、それで良かったんです
1年経って自分自身にもう一度言いたいです
ありがとう