全国の皆さま、こんばんは。
今夜もブログをご覧くださり、ありがとうございます。
前回のブログでは、出雲の旅の中で何度も起きた「逆」という出来事について書かせていただきました。
そしてもうひとつ、この神旅の中では
- 雨予報だったにも関わらず、ほとんど降らなかったこと
- 最後に虹を見ることができたこと
といった、印象的な出来事もありました。
これらも含めて振り返ってみると
今回の出雲の流れは
単なる偶然ではなく
ある一つの型のようなものが
見えてくるように感じます。
今日はそのことを
出雲神話の視点から紐解いてみたいと思います。
出雲神話は
「反転の物語」として読むことができます。
出雲の神話の中心には
須佐之男命(スサノオ)
そして、大国主命(オオクニヌシ)
という神さまがおられます。
特に大国主命の神話ですが
その中で繰り返し現れるのが
- 死 → 再生
- 試練 → 力
- 奪われる → 与える
という流れ。
一見すると不利に見える出来事や
困難に見える出来事が
時間を経てまったく逆の意味へと変わっていく。
これが出雲神話の大きな特色です。
出雲という土地には
こうした神話の性質が色濃く残っているとも言われます。
例えば
- 出雲大社のしめ縄の向き
- 神在月という、全国の神さまが集まる特別な時間
- 国譲りという、大国主命の神話
これらも見方を変えると
常識が一度ひっくり返る出来事ともみえます。
今回の神旅で起きた
- 順番が逆になる
- 予定通りに進まない
- けれど最終的には整っている
という流れ。
また
- 雨予報が外れたこと
- 最後に虹が現れたこと
など
こうした出来事も含めて見ていくと
単なる偶然というよりも
出雲という土地の持つ「反転の性質」
にふれた結果とも考えられるように思いました。
一見すると、予定外のことや
思い通りにいかないことのように見えても
あとから振り返ると
「そこには別の流れがすでに用意されていた」
そんな感覚です。
出雲の神話は
まさにそうした世界を描いています。
「一度崩れること」や「逆になること」の中に
次の流れのはじまりがあることを教えてくれるのです。
今回の出雲の旅をさらに振り返ってみると
巡った場所そのものも
神話の流れに沿うような順番になっていました。
偶然、その流れに運ばれたという
とても興味深い流れです。
今回の旅全体を通して見えてきたのは
「崩れる → 反転する → 整う」
という、出雲らしいひとつの型でした。
次回はそのことについて
「神話の流れをなぞる巡り方」という視点から
もう少し詳しく書いてみたいと思います。
(つづく)











