アナログ国家の日本、ヒントにすべきエストニアの「デジタル理想郷」
『牟田学』 2020/09/09
https://ironna.jp/article/15809?p=1
牟田学(電子政府コンサルタント、JEEADiS理事)
「デジタル国家」として知られるエストニアは、1991年にソ連崩壊の過程で平和裏に独立を回復した後、四半世紀以上の時間をかけて、電子政府や医療のデジタル化(eヘルス)を進めてきた。
その結果、現在は国連の「世界電子政府ランキング」、米人権団体フリーダムハウスの「自由度報告書」、欧州連合(EU)の「デジタル経済社会指数(DESI)」デジタル公共サービス部門、エストニア政府の国家サイバーセキュリティー指数(NCSI)などのランキングでは上位国である。
医療分野を含め、個人番号にひも付けされた国民の個人データを政府が管理・活用するエストニアだが、政府に対する国民の信頼度はあまり高くない。経済協力開発機構(OECD)の定期調査によると、政府を信頼する国民の割合は平均以下の30~40%前後で、日本とあまり変わらない。その一方で電子政府やデジタル国家に対する信頼度は高く、ノルウェーの調査会社、ノルスタットが行った最近の調査では「エストニア人の76%がエストニアのデジタル国家を誇りに思っている」ことが分かっている。
国民の多くがデジタル国家を信頼しているのには理由がある。それは、徹底した透明性と公平性だ。
政治家や公務員、医師、警察官、裁判官など公共分野で働く人は、国民IDカードや電子署名がなければ仕事ができない。誰が、いつ、何のために、誰の個人データにアクセスしたかは、デジタル国家によって記録、監視され、政府内部の人間でも記録を改竄(かいざん)することはできない。国民も、誰が自分の個人データにアクセスしたかをオンラインで確認し、不審な点があれば通報できるようになっている。
2020年に入り、欧州で新型コロナウイルスが猛威を振るう中、エストニアでも2月27日に最初の感染例が確認された。3月初めには、サーレマ島で開催されたスポーツイベントで、国内最大の集団感染(クラスター)が発生した。その他の地域でも感染者の増加が確認されたことを受け、政府は3月12日に緊急事態宣言を発令した。

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コンサートやスポーツなどのイベントは中止になり、学校の授業は遠隔学習と家庭学習に切り替えられた。映画館やスポーツジムも閉鎖され、バーやカジノ、スロットなどの営業も禁止となり、レストランは持ち帰りと配達のみの営業が許可された。国外からの入国だけでなく、離島から本土への移動も制限された。
4月中旬に新規感染者のピークが確認されると、4月22日に政府は新型コロナの「危機出口戦略計画」を公表し、5月1日までの予定だった緊急事態宣言を5月17日まで延長した。以降は出口戦略に従って段階的に制限緩和され、8月下旬にはほぼ全ての制限がなくなり、日常生活が戻りつつある。
エストニアの人口あたりの感染者数と死者数は、ドイツやイタリア、フランス、英国などと比較すれば少ないが、バルト三国の中では一番多い。日本では7月以降に感染者数の増加が見られるが、人口あたりの感染者数をエストニアに比べると、はるかに少ない。
したがって、エストニアのコロナ対策が日本と比べて特に優れていたとは言いにくい。実際、サーレマ島でのスポーツイベント開催を許可した社会問題省の健康委員会は責任を追及されて、後に委員長と開催地の市長が辞任している。
しかし、出口戦略発表後の制限緩和による経済回復への兆しは日本より良いかもしれない。4月に売り上げが大きく落ち込んだ宿泊、外食産業も、6月までに少しずつ回復し、夏の休暇シーズンでは国内旅行者の増加が期待されている。新規感染者が都市部を中心に確認されているが、大きな増加はない。
日本では、新型コロナに関する各種対策を実行する過程で、電子政府やデジタル化の不備が明らかになった。特に、紙とファクスの届け出によるデータ入力の負担と感染者データ共有・活用の遅れ、特別定額給付金で発生したオンライン申請処理の混乱、あまり進まなかった子供たちへの遠隔授業で顕著だった。
エストニアでは、平時からデジタル化された医療や行政、教育などのサービスを多くの国民が利用し、慣れ親しんでいたことで、コロナ禍でも円滑に新しい生活スタイルへ移行することができた。
医師が作成する医療カルテや診断画像は、電子データとして国が管理する健康情報システムへ送信される。そのうち、感染症に関するデータは、さらに「感染症登録データベース」へ転送される。
全国から集まった最新の感染症データは、感染症の診断と治療だけでなく、罹患(りかん)率や有病率、死亡率の分析、疫学調査、政策などで活用される。新型コロナのデータについては、匿名化された後、誰もが使えるオープンデータとして公開される。これらの仕組みは10年以上前に作られたものだ。
給付金といった支払いを伴う行政手続きも、オンライン申請により簡単に済ませられる。遅くとも1週間以内、早ければ2~3日で指定した口座に入金される。
児童手当など一部の給付については、申請が不要になっている。「手当をもらえますよ」といった通知を電子メールなどで受け取り、「社会福祉給付ポータル」にログインして、支払先の銀行口座や受取人などを確認、承諾すれば、手続きが完了する。
なぜ、このようなサービスを実現できるかと言えば、社会福祉給付データベースの存在が大きい。社会福祉給付関連のデータを一元管理することで、誰にどのような公的支援が必要なのかを政府は把握することができる。本当に守るべき弱者が誰なのかが分かれば、全ての住民に一律支給するような特別定額給付金は不要と言えるだろう。
エストニアでは、3月16日から研究活動を除き、全ての学校が遠隔教育に移行した。授業にはオンライン会議システムの「Microsoft Teams」や「Zoom」など民間サービスを活用。コンピューターがない家庭に対しては、市民ボランティアや企業がコンピューターを提供した。大きな混乱もなく短期間で遠隔教育に移行できたのは、これまで地道に進めてきたIT教育のおかげだ。
本格的な電子政府サービスが始まる前より、エストニアでは限られた予算の中から教育分野への投資が続けられてきた。1996年に始まった「タイガーリープ計画」により、全ての学校でインターネット利用が可能になり、ほとんどの学校にコンピューターラボが設置された。2012年開始の「プログラミングタイガー計画」で、子供たちは7歳からコンピュータープログラミングを学習するようになり、現在はITとアートを融合した科学、技術、工学、芸術、数学(STEAM)教育を推進している。エストニアでは、子供から高齢者まで、多くの家庭で1人1台のパソコン利用環境がある。
学校から家庭への連絡や成績管理も、コロナ禍の前からオンラインで行われていた。幼児教育から高等教育まで、ほぼ全ての教材はデジタル化され、インターネット経由で閲覧、利用できる。子供から大人まで、生涯の教育履歴はエストニア教育情報システムに保存されている。学校に通う授業だけがオンラインではないのだ。
1700以上の自治体がバラバラにデータを管理する日本で、エストニアのようなデジタル国家を実現することは極めて難しい。サービスを表面的にまねることはできても、その背後で動くデータの管理を見直す調整コストが、あまりにも大きすぎるからだ。単なるITの話ではなく、国と地方の行政改革や役割分担の見直しが必要になる。
IT利活用のゴールを「社会全体の幸福」としてきたエストニアでは、今回のコロナ危機により、多くの国民が「自分たちのやってきたことは間違いではなかった」と確信し、大きな自信を持つことができた。デジタル国家に対する国民の誇りは強化され、デジタル化の流れがさらに加速するはずだ。

https://www.hankyu-travel.com/heritage/northerneur/tallinn.php
もし日本でデジタル国家を実現できるとすれば、強い覚悟を持った政治的な意思決定が行われたときであろう。政治家や官僚だけでなく、社会全体で「国民のためのデジタル化とは何なのか」を真剣に考えることができれば、ゴールにたどり着くための道筋も見えてくると期待したい。
先ずは無理でしょうね!
日本の政治家に奉仕の精神が無い!
