昨日「国宝」観に行きました。
家から近いモレラ岐阜のTOHOシネマズは朝9時から上演なのと洗濯と家事があったので各務原イオンのイオンシネマが10時上演なので各務原まで行きました。
買えないと言われていたパンフレットも無事買えました。
土曜日ということでお客さんも多く、年配の人が目だっていました。
お正月に「聖おにいさん」を見に行ったときにポップコーンが余った(それも一番少ないのを買ったのに)のでナチョスにしました。(袋に入れたけどソースでベチョベチョ。)
イオンシネマは上演10分前入場なので並んだお客さんの多くは「国宝」を見る人が多かったです。
10時スタートで13時10分終了でした。
物語は前回のブログにも書いた様に昭和39年の正月の宴会の席で長崎でも力の大きい暴力団の新年会で敵対する組の人間に主人公喜久雄の父親が殺されるところから始まります。
ネタバレになるのであまり言えませんが、原作がヘビーなおかつ複雑なストーリーになっているので割愛されている部分もあります。
原作は衝撃的なラストシーンで終わっていますが、映画は違います。
ただひとつこの映画で言いたいことは「これは親ガチャ」の話なのではと言うことです。
登場人物のうち寺島しのぶさんにと演技指導も担当した中村鴈治郎さんは共に父親が人間国宝であるし、主人公の義母役の宮澤エマさんは母方の祖父が宮澤喜一前首相。歌舞伎の興行を担当する会社の社員の三浦貴大さんは母親がカリスマアイドル山口百恵さんで彼女が三浦友和さんと結婚引退して子供の頃からマスコミに追われていた。
個人的には三浦さん演じる竹野が部屋子である吉沢亮さんの喜久雄を罵って大喧嘩になるシーンに三浦さんの育った環境ゆえに「これは親ガチャの物語」だと私は思いました。
渡辺謙さん演じる半二郎(白虎)の妻幸子役の寺島しのぶさんがパンフレットのインタビューで主人公の喜久雄は部屋子なので本来名前を継げない立場だと言っていました。
寺島さんの弟である尾上菊之助さんは最近父親でもある八代目尾上菊五郎を襲名しました。でも、彼女は「長男(弟)が優遇される。」「女性は歌舞伎の舞台に立てない。」というジレンマに苦しんだ少女時代を送り、映画の中でヌードになることを巡り、母親である富司純子さんともバトルがあったとも言われています。
彼女が梨園に育った女の子は立場が弱いという家庭環境に育ったということもあり、喜久雄が半二郎を襲名することに激しく異議を唱えるシーンは考えさせられました。
映画の中で喜久雄を引き取った半二郎が交通事故に遭って代役を立てなければならず、選んだのが喜久雄だったことで実の息子である半弥こと俊介(横浜流星さん)は姿を消してしまいます。
その後本来なら俊介が継ぐはずの半二郎を喜久雄が襲名し、半二郎は白虎を襲名しますが、糖尿病で目が見えなくなり、舞台で倒れたときに呟いたのは俊介の名前でした。
半二郎は自分がやくざの子供で背中にみみずくの入れ墨(タトゥー)があること、京都の舞妓との間に隠し子がいることがスキャンダルとして書かれてしまい、中村鴈治郎さん演じる歌舞伎役者我妻の娘と駆け落ち婚したもの、彼女も離れてしまいます。
半弥こと俊介とのコンビも復活しますが、俊介は父親同様に糖尿病の影響で足が壊死してしまい、彼も亡くなります。
平成26年、紆余曲折ありながら半二郎は人間国宝に選ばれ、インタビューの席で自分を撮影していたのが…。
これ以上は言えません。
上演時間3時間のうちトイレに3回行きました。映画が終わってからアニメイトでSPYFAMILYのアーニャちゃんのグッズを買い、1階のレストランで食べようとしたら高いので断念し、3階のフードコートでリンガーハットで皿うどんと餃子食べてから隣の本屋で渡辺謙さんが主演し、サザンが主題歌を担当する「盤上の向日葵」の原作本を買ってしまいました。
それも上演と同じ日に大好きな「すみっコぐらし」の映画も上演されます…。
前回のブログで中学高校時代と校内暴力のあおりと格差と親ガチャが酷くて荒れていたと書きましたが、更に中3の担任が厳しくて、夏休みに母親の実家のある新潟に帰省しているときに勉強をサボっていないか監視の電話があったし、ひとりの落ちこぼれを出さないために不適切な指導もあり、高校も女子高で校則が厳しく、その反動が大人になって出ました。
私が女性週刊誌の芸能人のお受験の記事に批判的なのも担任の抑圧があったからです。
母親は4年前に大腸がんで亡くなりました。母親は旧中郷村(現上越市)の出で、魚沼市出身で世界的に活躍する渡辺謙さんは新潟の誇りです。
昨夏私は岐阜からひとりで車を運転して母親の故郷の上越市と子供の頃の楽しい思い出のある旧新井市の妙高市に行ったけど、その道のりはヘビーでした。
話は最初に戻りまして、世の中が悪くになったのをガチャのせいにする風潮がコロナ禍以降増えて来たような気がします。
親ガチャだけでなく、子ガチャ、地域ガチャ、学校ガチャ、先生ガチャ、会社ガチャ、妻ガチャ、旦那ガチャ、時代ガチャ、言い出したらきりが無い…。
中学時代に進研ゼミをやっていて、読者コーナーで父親が単身赴任でお金がないのでお姉さんが行きたい高校に行けなかったのを見て性格が歪んでしまい「お金がすべて」というのを見て、私はその意見を批判的に見ていましたが、この投稿者も親ガチャ地域ガチャ学校ガチャの犠牲者だ。
私はめいがASD(自閉症スペクトラム障害)ということもあり、同じ境遇の母親のブログ(それもアメブロ)を読みましたが、母親自身が自己肯定感が低く、自身の親が毒親傾向が強く、先生との折り合いが悪い、旦那がモラ夫で嫁姑関係もギスギスで、酷いと先生に対する批判や子供に対する憎悪を書いている人も…。
これはガチャだけの問題では済まないし、見るのも辛くなる。
最後に国宝の原作の主人公の喜久雄を見て私は高校の入学式の日に自死した岡田有希子さんにダブって見えました。
彼女の家庭はいわゆる「エリート」でおじいさんが校長先生という教育者の家庭で大学の教育学部に進んで先生になるのが当たり前の家庭でした。
逆に大竹しのぶさんも父親が先生でしたが、教育者の家庭にありがちな「先生の子供だから出来て当たり前」をしなかったと言います。
小中と仲良しだった友達は父親が中学の音楽の先生だったもの、当時の教育システムに異議を唱えたためヤンキーばかりの学校に左遷され、彼女も先生と折り合いが悪かったです。
有希子さんも親や先生の大反対を自分の力で押し切って念願のアイドルとなったもの、喜久雄同様にアイドルとして頂点を取るため悪魔と契約してしまったのかもしれません。
忘れもしない昭和61年4月8日、彼女は自ら命を絶ってしまいました。
来年で彼女が亡くなって40年、生きていたら再来年で60歳です。
彼女の事務所の先輩だった松田聖子さんも喜久雄同様に九州の人で父親の大反対を押し切ってアイドル歌手としてデビューしたもの、男性スキャンダルと娘の神田沙也加さんの死がありました。
聖子さんも喜久雄同様にアイドル歌手として頂点に立ったことですべてを犠牲にしてしまったのかもしれません。
「国宝」は歌舞伎の話ですが、親ガチャの問題と人間は頂点に立つために人はすべてを犠牲にするのと歌舞伎なくして日本の芸能は成り立たないというメッセージがある物語だと言いたい。