富山と新潟の母の家への旅の話パート2です。
砺波ICから新潟方面に向かうことになりましたが…。
来年の3月(どういう理由なのかは後述)で免許返納なのに父が北陸道を猛スピードで激走。
助手席でびびっていました。
それも天気が悪いのに90キロ超え…。
とりあえず有磯海SAでトイレ休憩したらフードコートが工事中…。
お土産売り場に行ったら富山県繋がりで朝乃山と八村塁選手とドラえもんのグッズがありました。
ドラえもんのぬいぐるみは弟の家にあるのでパス。
ホテルのある道の駅あらいに到着するのが予定より大幅に早くなるので糸魚川ICで降りることに。
それがカーナビのうざい案内との戦いの始まりでした。
道間違えて衝突回避の警告音は出るし…。
おまけに工業地帯ぐるぐる…。
何とか上越妙高方面に向かうことが出来ましたが…。
景色は海海海でBGMがサザンより大江千里さんの「塩屋」が似合いそうでした。
お昼が近くなったので、糸魚川市の道の駅に行ったらレストランの海鮮メニューの値段が高いので断念。
車は上越市に入り、海沿いにある道の駅で海鮮丼を食べ、新潟土産を少し買いました。
海沿いの道から国道に入り、ホテルのある道の駅あらいに向かいました。
26年前と違い、道路が良くなり、大型店が増えました。
道の駅あらいが見え、宿泊するスーパーホテルの入口近くに車を止めたら前のローソンの入口に出張帰りの弟がいたので合流し、ミライースにでかい弟も入って母の家のある中郷区へ。
母の家に到着しましたが、全然変わっていませんでした。
家にはいとこの兄貴の奥さんと母の長兄のおじがいました。
おじは92歳で、おばは認知症で施設にいます。
コロナウイルスの影響で会うことは出来ませんでした。
仏壇に母の写真と位牌を備えて思い出話。
私は外に出て、家の写真をスマホとタブレットで撮影。
自分の母親の墓がお世話になっているお寺の合祀墓なのでお墓を見てこの家がなくなったらどうなるんだろうという気持ちになりました。
母の兄姉が来て、思い出話とスマホに保存した亡くなる10日前の動画を見てもらいました。
母の姉のおばはがんで胃と食道を全切除したという事実もここで知りました。
兄貴の奥さんは郷土料理の笹寿司とたけのこ汁を作っていました。
兄貴と奥さんが買ってきたナルスのお寿司とお刺身とオードブルで宴会スタート。
岐阜みたいに家の近所に仕出し屋がないので家が宴会の場になります。
スタートしたのが16時30分なのとお昼の海鮮丼が響いたのか休憩しないと食べれず。
父に至ってはお酒ガンガン飲んでいました。
行者にんにくの醤油漬けが美味しかったです。
19時30分頃に宴会は終わりましたが、お土産が車に入らなくて翌朝顔を出すと伝え、私の運転で道の駅あらいのホテルへ。
父と私と弟の3人で並んでホテルにチェックインしましたが、ホテルの鍵が暗証番号じゃないと開かないのでスマホで写真撮りました。
部屋に入ってから前のコンビニで飲み物とプリンを買ってから大浴場に行き、早めに寝ました。
それも何回もトイレに起きました。
ホテルの朝ごはんが早く終わるので早起きしたら寒かったです。