クレイさんは本名の榑井勇輝で代表取締役となっています。
http://www.on-u.info/company/#companyBox
調べたら各務原にある川島PAのオアシスパークもセガサミーのグループ企業でした!!
クレイさんには今度こそしくじらないで音楽のほうも会社経営のほうも頑張ってほしいです。そしていつかはキマグレンも再結成してほしいです。
クレイさんの前がムーディ勝山なんですが、諸事情で後半しか見ていませんでした。
話によると「右から来たものを左へ受け流すの歌」でムーディひとりが大ブレークしたことで相方の梶さんの立場が下になり、それ以後ムーディは彼に対して上から目線の態度を取ってしまい、挙句の果てにはコンビ解消をしてしまいます。
http://news.livedoor.com/article/detail/12222186/
「右から来たものを左へ受け流すの歌」の売り上げは2億で、当時の月額のギャラは640万円。
コンビ解消後、梶さんが故郷の香川県に帰り、その後吉本の「住みます芸人」としてブレークしたことで立場が逆転してしまいます。
11年にムーディは不遇時代を支えた女性と結婚し、13年に男の子が生まれ、もうすぐ2人目が生まれます。結婚して子供が生まて父親となった責任感も彼を変えました。
そんな彼を救ったのが梶さんで、当時のネタ帳も大事に保管していました。現在は香川県ローカルでやっている梶さんの番組でレギュラーを持っているといいます。
https://www.webtsc.com/prog/RocketPunch/
その時の話でフットボールアワーの話が出ていましたが、野球大喜利でお世話になっているカネシゲ監督の元相方が岩尾です。
2001年から格差社会になりだしたといわれ、キマグレンがデビューした08年は秋葉原の事件に代表されるように非正規労働者の立場が大きな社会問題になっていました。秋にリーマンショックが起き、不穏な空気が流れました。
以前しくじり先生に水道橋博士さんが出たときにたけし軍団がいかに厳しい世界かという話をしていましたが、今から30年前にたけしさんが「北野屋」という個人的な居酒屋を作り、そこにマッチこと近藤真彦さんが高級なスポーツカーで遊びに来た。その車の見張りをしていたのがマッチと同い年の軍団のメンバーで、そのエピソードがたけしさんのオールナイトニッポンでのネタのモデルになりました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%BC%E5%A4%A7%E9%81%93
たしかに芸能界は今社会問題となっているなんとかカーストやタワマンの階層差別より厳しい世界だ。マッチの車の見張りをしていたその人も「マッチなんかに負けてたまるか」という悔しさをばねにする力があればいい方向に行けたのかもしれません。
私自身中学高校と今でいうスクールカーストの下のほうにいたけど、親切にしてくれる友達や仲間や理解のある先生や親がいたから間違った道には進まなかったけど、管理教育や学校差別の心の傷は今もあるし、特に中3の時の担任の先生が厳格な人で抑圧された経験から「お受験」という言葉に対して批判的な見方をしています。
何とかカーストと言う言葉を見て「こんなことする奴ぼこぼこにしてやる!!」と感情的になったけど、ムーディの話を聞いて逆に救われたし、感情的になっても何も解決できないし、友達をなくすだけだと思いました。
さかなクンも言っていたけど、狭い水槽にたくさんの魚がいると必然的に強い魚が弱い魚を攻撃するといじめ問題のコメントで言っていたように、なんとかカーストの問題もタワマンの階層差別も自然に起きてしまいます。でも、それをやらない起こさない強い心が今の日本人には必要なのでは。
http://withnews.jp/article/f0150531000qq000000000000000G0010401qq000012045A
最後に私ごとですが、ムーディがブレークした年に仲良くさせていただいている似顔絵師さんが自分のHPとブログで似顔絵コンクールを開いてくださいました。投稿が郵送ではなく、データ貼り付けなので父親が持っていた複合機でスキャニングしました。出演していたダンディハウスCMでの白タキシードの桑田さんとムーディの似顔絵を投稿し、どうせ入選しないだろうと思っていたらその方のブログで自分が描いた桑田さんの似顔絵が入選し、優勝したのがとある女性が描いた写実的なムーディの似顔絵でした。


前年に仕事をやめて再就職がなかなか見つからず、ヘルパー2級の勉強と絵を描くこととハローワークに行くことしかやることがなかった中で、似顔絵を認めてもらったというのは自信になりました。
どんなにつらいことがあっても自分を見失わずにまっすぐに生きていこう。