娘のAOは3歳1ヶ月。
3歳を過ぎると、
胎内記憶が徐々に薄れて行き
6歳くらいには忘れてしまう
と言われています。
でも大人になっても
覚えている人もいるしね。
AOさんは、どうかなぁ。
昨日、夫が豆のお菓子を
パリパリ食べながら
突然AOさんに聞いたのね。
「AOりんは、おかーちゃんの
お腹の中で『豆』だった
ときのこと、覚えてる?」
「おぼえてるよー」
と答えてから、
AOさん顔を曇らせました。
「AOちゃんね、まめ のとき
ほんとうは おにちゃんに
なりたかったの」
思わず横から口を出した私
「それは、節分の、
豆まきの時のはなし?」
「ちがうよ
おなかのなかで まめだったとき
おにちゃんに なれたら
いいのになぁ って おもったの
おにちゃんに なって
まめを ぶつけられたかったの
でも おにちゃんに
なげるほう だったからなぁ」
私は心の中で、それは
やはり節分の時の話では?
と思ってしまいつつも、
会話を続けました。
「鬼ちゃんになって、
豆をぶつけられたら痛いし
外に出なくちゃならないのに
鬼ちゃんになりたかったの?」
「そうだよ
だってさ
わたしが おにちゃん だったら
まめを ぶつけられて
そとへ にげたら
みんなが げんきに なるでしょ
みんなが わーいって
なるのが いいんだもん
でも わたしは まめを
なげるほう なんだ」
AOさんは、
なんとも寂しそうな顔をした。
「そうかぁ、鬼ちゃんみたいな
お仕事がしたかったの?」
「そーなの」
「大丈夫。きっとできるよ。
だってね、鬼ちゃんは
豆を投げてくれる人がいないと
外へ逃げることができないから
鬼ちゃんと、豆を投げる人は
一緒に同じお仕事をしているの。
役割は違うけど、
おんなじお仕事なんだよ」
「へーぇ。そーなんだ…
じゃあ よかった!」
AOさんの語ることを
私が覚えていることで、
彼女の将来を限定したり
誘導したくはないけれど
もし、いつか彼女が
自分の生き方に迷って
悩むことがあれば
聞かせてあげられたら
いいかもしれないなぁ。
豆を投げる人。
それは、みんなを元気に
幸せにする仕事…
節分の豆まきのような、
地域のための神事のお手伝い
をするお仕事かもしれない。
そして、鬼ちゃんではなく
豆まきをする方ならば、
そのお仕事の見せ場を
「はじめる」役割。
もしくは、
周りの注目を集める役割…
分かりやすく魅せる役割…
色んな捉え方ができますね!
何となく聴けば
「豆まきのときに
鬼役をしたかった」と
聞こえる話かもしれない。
でも、真っ直ぐ聴けば、
お腹の中にいたときに
そう思ったけど、
自分は違う役割なのだと
知っていたから…
と聞こえるわけです。
それをこじ付けと言うか
言わないかは、もう
好みの問題としか。
私ね、胎内記憶が
無い子なんて
いないと思うんです。
ただ、その記憶情報は、
親の聞き方や目の前の出来事に
刺激されて引き出されるから、
注意して聞いていないと
胎内記憶に聴こえないことが
少なくないでしょうね。
でも、胎内記憶はある、と
信じて聞いていると、
ちゃあんと聴こえてきます。
だからね、
胎内記憶の有る無しは
それを聞き取る親の
捉え方次第かなぁと。
言葉の表面的な意味ではなく
その言葉が何を象徴しているか
とか
その本質的な意味は何か
などを聞き取るの。
いずれにしても、
胎内記憶はその子の未来を
縛るものではないし、
親の期待を満たすための
ものでもありません。
結果的に親が嬉しくなるのは
自然な反応だとして、
目的をそこに置くと
「良い記憶、良くない記憶」
が存在してしまうことになる。
そんなことは、ありえません。
親がシンプルな心持ちで
素直に真っ直ぐ受け取れると
いつかその子のサポートに
なるかもしれないですね☆
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