
今滞在しているお部屋の壁には、こんなお花畑が広がっています。
(実際はもう少し綺麗な水色です。)
私は毎日この壁際のカウンターテーブルでブログを書いているので
考え事をする時、よくこの壁をぼんやり見ています。
お花や樹木を眺めるのって、すごく気持ちがいい。
当たり前のようだけど、なぜかな~と思ったら
今日気付いたことに辿り着きました。
今日は、LANIセラピスト™たち三人が集まって練習会をしました。
本来の意味の、深い癒しの起こる LANI セラピー™ を提供するには
やはりカウンセリングがとても大事なので、
とにかくカウンセリングを伸ばそう、と交互に行いました。
集まった三人が三人とも同じように抱えている課題が、
見事に浮き彫りになりました。
そして、それぞれの個別の課題も見えました。
私は、とにかく人からの評価を気にするということが悩みです。
どのくらい気にするかというと、
「人からの評価を気にしないでしていること」
が、一つも思い浮かばなかったほどです。
カウンセリングの中で、見えてきたのは、
今、「人からの評価を得ようとしない私」にならないといけない、という切迫感と、
実際に人から評価が得られなくなったら嫌だ、という不安との矛盾でした。
なぜそんなにも不安なのかというと、評価を得るという基準を取り外した時に、
私の中に純粋に存在する(評価を必要としない)部分を
一つも見つけることができなかったからでした。
その後、実際のカウンセリングは別の方向へ展開したのですが、
(カウンセリングには無限の道筋があります。)
私は、自分の中に「評価を必要としない部分」を見つけられないことが気になっていました。
本当に全くないのだろうか。
それでは人間としてどうなのだろうか。
でも、この壁を眺めていて、ふと、思い出しました。
実際に花を眺めているときに、花からの評価を欲しがるか。
いいえ。
評価が得られないことで不安か。
いいえ。
その時私は単純に「きれいだな」と感じています。
そして、その評価を必要としない時空はとても気持ちが良いのです。
でも、その感覚を言葉で表現するとなると、人からの評価を気にするのです。
食べ物を食べて「美味しい」「まずい」という感覚も
コントロールしようと思ったってできることではありません。
ただ人にどう伝えようかと思うと、評価を気にするのです。
お腹がすいた。
目薬が沁みた。
このお茶は甘い。
そういった感覚は、純粋に私が感じているものです。
それを感じる瞬間に人からの評価なんて気にする暇もありません。
私が人からの評価を気にしていたのは、
「言動」と「選択」においてのことでした。
私はとても大げさなところがあるので、「評価を欲しがる」という課題を知ると、
「人からの評価を常に欲しがっていて、そうではない自分は存在しない」などと
激しく極端に思い込み、それを言い訳に動かなくなってしまいがちです。
ひとまず、その極端な思考に気付けたこと。
そして、五感はちゃんと私だけの感覚として働いてくれている、と気付けたこと。
また、「評価を欲しがらない私にならなければいけない」という思い込みから、
単純に「評価を気にしない私でいたい!」という私自身の欲求に変わったこと。
似てるけど、全然違う。(次のステップは明確な意思になることですね。)
それが今日の大きな学びでした。
今日忙しい中で一緒に練習してくれた、
Holistic Healing Soul Essence の Keiko と、
My Little House の Mio に、感謝です!!!
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