「長すぎて読む気にもならない。
何が言いたいんですか?
できれば30文字くらいで」

 

「なんだかんだ難しい事を

長々と書いてるけど、
最も簡単な事例1つを挙げるだけで
長い話は必要ない」

 

「最後まで読んだ人✋
私は途中で読むのやめました😂」

 

どうした、どうしたそみさん。

 

何いきなりディスってるんですか?

 

いや逆なのよ、
言われた側なのよ。

 

コメントもらったのよ。

 

先日Facebookに書いた

 

【「安く飛行機に乗れるのは

金持ちのおかげ」は本当なのか?】

 

の記事がプチバズって、


なんと20万人以上の方にリーチしてしまった。

 

しまった、というのは
そこまで拡散されようと思ったわけでも
なんでもなかったからだ。

 

ほとんどFacebookの知り合いと
知り合いの知り合い、
という安全圏の中で
文章を書いている私だが

 

一旦拡散されると
どういうことが起きるかというのは

以前にもちょっとだが経験したり、
スレッズなどで見かけて来たのだが、

 

今回もなかなか面白い
コメントがボチボチ入って来ていて、

中には、

 

「上から目線で物言いする奴の言葉は
聞く耳を持たない」

 

という、
なかなか上から目線のコメントまであって

笑った。

 

いや〜、この方々、
いくらSNSが公開だからといって、

知らない人にいきなり
こんなこと言っていいと思ってるって

どういうことなんだろう。


と考えて見た。

 

 

バズると毎回くるコメントの一つが
私の投稿が「長い」ってことなんだが、

 

私としては

 

「えええええ〜?
何をおっしゃるウサギさん!」

 

状態になる。

 

長いと思うのはいい。

 

読まないのもいい。

 

ただのSNSの文章で
仕事で読まなきゃいけない書類でもないから

「長いから自分は読まない」

でいいはずなのに、

 

この人たちはなぜ
見ず知らずの著名人でもない
書いた本人の私に報告するのだろうか?

 

面白すぎる。

 

しかも、

「30文字くらいで」

と指定も入ったりして、
もはや感想ですらない。

 

編集指示である(笑)

 

おまけに
「最後まで読んだ人✋」
と手を挙げさせるムーブして挑発?

(笑)

 

「私は途中でやめました」
ってなんの報告?

 

面白すぎる。

 

これをリアルな世界に置き換えてみると
YAVAY©️梅野よね。

 

たまたま通りかかった場所で
知らない人が講演していて、

少し聞いたあと
本人のところまで行って、

 

「話長いですよ。
30秒くらいにした方がいい」

 

「私は途中で聞くのやめました」

 

と言うようなものだ。

 

強者(ツワモノ)でしかない(笑)。

 

健全な人と人との境界線の感覚がある

通常のコミュ力がある人にとって、

このようなコメントが
書き手に対して失礼であることを理解するのは、

それほど難しいことではない。

 

だから、たとえそう思ったとしても、
普通はわざわざ本人に言いに行かない。

 

では、それがわからない人たちは、
どんな傾向があるのだろうか?

 

ASD?
学習障害?

 

そういう可能性もあると思う。

 

だとしたらどう関わるのが良いのだろう?

 

でもそういう人たちが
みんなこのようなことをするわけでもない。

 

誤解のないようにして欲しい。

 

これについてはまた
次の機会に譲るとして、

 

あくまで普通に働くことのできる
社会人だとしたら、

という前提ですすめると、

(そのような傾向のある人は
普通に働ける人にもいるのだが)

 

このようなコメントをなさる方々が、
もし日頃から

これに相当するようなことをしていたら、

実生活でもお困りになるのではないか

と想像するが、

 

仕事の現場などでは
適切に振る舞えるのかも知れないなどと、

人の人生に勝手に思いを巡らせながら

好奇心いっぱいで、
コメントを書いた方々の

フィードを見に行ってみた。

(笑)

 

暇かよ!(はい!)

 

それで、

「距離感バグってないか?」という感じで

コメントしてくる方々のほとんどが、

 

多分50代以上、
私の予測では私と同世代か
それ以上の年齢ではないかと
写真などから想像できた。

 

しかも今回は全員男性!

 

考えてみると、
この傾向はThreadsなどでのやりとりでも

よく見かける。

 

私は65歳以上の方々が集まっている

Facebookグループにもいくつか入って

興味本位で時々眺めてるのだが、

そこでも今回私のところに来たような

コメントをする人たちを散見する。

 

「もっと短くしろ」


とまでは言わなくても、

頼まれてもいないのに相手を指導したり、

 

「それはこういうこと」

「あなたはわかっていない」

 

と、いきなり先生のような立場から

話し始めたりする。

 

いわゆる

「上から目線」のコミュニケーションも

かなり多いのだ。

 

それは女性にももちろんいるのだが、
私が見ている範囲では
圧倒的に男性が多いの。

 

これどゆこと?


また考えてみた。

 

ここで「年配の男性だから」

で片づけてしまうのは良くないよね。

 

だって同じ年代の男性でも、
そんなことをしない人の方が
圧倒的に多いはずだからだ。

 

年配かどうか、
男性かどうかに関わらず、

そのような一般的な感覚でみたら
失礼だと思われるような
コミュニケーションを取ってくる方に

どういう傾向があるのか?について
いくつかの要素に分けて
考えてみることにする。

 

まず1番の要素は
人との社会的距離をどう測っているのか

ということだ。

 

私たちは相手との関係によって、
言っていいこと、
言わないことを
無意識に変えている。

 

親しい友人だったら、

「長いよ!もっと短く書けよ(笑)」

と言うのもありの場所も
関係も人によってはあるかも知れない。

 

編集を依頼された人なら、

「ここ、もう少し短くした方がいい」

と助言することもあるだろう。

 

仕事だから。

 

でも、初めて会った知らない人には
普通そんなことは言わない。

 

同じ言葉でも、関係性によって
意味が変わるからだ。

 

つまりコミュニケーション能力の一部には、

 

「何を言うか」だけではなく、

 

「私は今、この人と
どのくらいの距離にいるのか」

 

を測る力というのがある。

 

その力には個人差があり、
ある人たちはその能力が

低いのかも知れないし、

相手の立場を考えたり、
相手との関係性を測る力、
などに欠けているのかも知れない。

 

そしてもう一つは、
ネットリテラシーの問題。

 

ネットリテラシーというと、
フェイクニュースを見抜けるとか、

個人情報を書かないとか、
詐欺に引っかからないとか、

そういうことを思い浮かべる人が多いかもしれない。

 

でも本来はそれだけではなく、
ネットという場所の性質を理解して、

そこで適切に情報を受け取り、発信し、

他者とコミュニケーションする力まで含まれる。

 

それは同じSNSでも、
Facebookなのか、Xなのか、
でも違っている。

 

たとえばSNSで公開設定で書くと

「公開されているから誰でも読める」

のではあるが、

 

それは

「公開されているから何を言ってもいい」

という意味では全然ない。

 

コメント欄が開いていることと、

「投稿者があなたに
文章の添削や評価を求めている」

ことも違う。

 

自分のフィードに流れてきたことと

=「自分に向けて書かれた」

とも違う。

 

ネットリテラシーとは
単にスマホやSNSを使えることではなく、

ネット上での文脈や距離感を読み取る能力、

境界線を測る力もまた

その一つではないだろうか?

 

もう一つは、世代!


つまり年齢の違いも関係してくるのではないか

と考えた。

 

今の60代、70代は、
SNSのない時代に社会人になった世代だ。

 

もちろん、その世代でも
ネットもSNSも

使いこなしている人たちもいるが、

昭和ながらのコミュニケーション文化と、

SNSで必要とされるそれはかなり違う。

 

特に今の60代、70代が
社会に出た1970〜80年代の日本は、

超年功序列で強い役職文化。

 

そして今よりずっとずっと
男性優位の社会だった。

 

年長者が若い人に教える。

 

上司が部下を指導する。

 

経験者が未経験者に教える。

 

そして男性が
「説明する側」
「判断する側」に置かれることも
今よりずっと多かった。

 

だから私が今回見たコメントが、
たまたま年配男性に多かったことにも、

多少はそういう社会的背景が
関係しているのかもしれないが

どうだろう?

 

何十年も
「教える側」
「評価する側」
「指導する側」として
振る舞ってきた人が、

SNSでも無意識に
そのポジションを取る。

 

本人としては
上から目線のつもりすらない可能性もある。

 

ところがSNSでは、

元社長だろうが、

元部長だろうが、

大学教授だろうが、

70歳だろうが、

私のコメント欄に初めて現れた瞬間、

私から見れば、

ただの知らない人である(笑)。

 

そこで、本人の中では

「私は意見を言う側」

 

相手から見たら

「いや、あなた誰?」なんよ!

 

社会的距離を測る力。

 

相手の視点を想像する力。

 

自分の好みと一般的な基準を分ける力。

 

思ったことをそのまま口に出さない

社会的抑制。

 

自分を外側から見るメタ認知。

 

人に教えたい、
評価したい、
優位に立ちたいという欲求。

 

(私も時にその欲求に負けて
上からコメントしちゃうんだけど笑)

 

その人が生きてきた社会や世代の
コミュニケーション文化。

 

ネット上の文脈や距離感を読み取り、

それに応じて振る舞う
ネットリテラシー。

 

そしてSNSそのものが持っている、
距離感を狂わせやすい構造。

 

そんなものが、
人によって違う配合で重なった結果、

知らない人のところへ突然やってきて、

 

「30文字くらいで」(笑)

 

が生まれるのかも知れない。

 

まあこうして
境界線を侵害してくる人たちには、
気分によっては

 

「では、もう二度と
読みに来ていただかなくて結構です」

 

と書いてしまう。

 

実際、先日も書いた(笑)。

 

こういう返信も
書かなくていいことなんだけどね。

 

書いてしまう私もどうかと思うけど(笑)。

 

境界線、に関しての教育って
もっと必要だよね、って思う。

 

境界線があるのをわかってて
超えることもあっていいと思うのね。

 

私もやるよ。

 

でもそれがわからないのは
ご本人も社会やコミュニティの中で

苦労される機会は少なくないことだろう。

 

これについては
もっと深めて書こうって思っているが、

 

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本郷綜海 ほんごうそみ

20代で起業。クラブ、ヒップホップ、渋谷系音楽の黎明期にシーンの拡大とメジャー化に貢献。

スチャダラパーなどのアーティストの所属する会社を経営すると共に、小沢健二との共作『今夜はブギー・バック』や芝浦の伝説のディスコなどの企画に関わり、国内外のセレブなどと交流。

その後、所有していたものをほとんど手放しスピリチュアルな旅へ。

米国にてスピリチュアルヒーリング、表現アートセラピー、ボディサイコセラピーなどを学び、世界のシャーマンと旅し、禅寺での修行などをしながら自分を癒やす。

その過程がヒーラー修行となると共に、魂の望みを叶えるべく40歳で歌手、パフォーマンスアーティストとして
サンフランシスコベイエリアデビュー。

歌手としては村上ポンタ秀一氏などと共演を果たす。

帰国後は、卓越したシャーマニックなヒーリングの力と、その存在・メッセージで人生が大きく変わると評判に。

活躍するヒーラー、コーチ、臨床心理士など、癒やしに関わる人たちから絶大な信頼を得てヒーラーズヒーラーに。

夢はクジラと泳ぐこと。モンゴルの大草原で馬と翔ること。

 

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