故中島淳彦作、青山勝演出『無頼の女房』を下北沢にある本多劇場で観劇した。
この「無頼の女房」は私が初めて中島淳彦氏の存在を知り、この創作劇の傑作を、いつの日か演出したいと密かに念じていた作品である。
そして、やっと宿願成就した北村総一朗演出『改訂版 無頼の女房』を見ることなく、中島淳彦は逝ってしまった。
観劇しながら、彼との初めての邂逅や、発病して急遽見舞いに行き、最後に交わした会話などが思い起こされ、喜劇なのに腹から笑えない。
私を突っつきながら「笑えよ!」と彼の声が聞こえるようだ。
はや、七年も彼の姿を見ていない。
彼との最初の出会いは、「劇団昴」に彼の作品を書き下ろしてくれないかと頼み込んだ、新宿のとある喫茶店だった。
私の、ネガティブな心の迷走をよそに、彼の答えは、明快なイエスであった。
あの感激は、はっきりと今も私の鼓動の中にある。
しかし、その約束は果たされることは無かった。
せめて、貴方の遺された作品を掘り起こし、再びあなたの、あの人間を観る鋭さと優しさに触れてみたいと思っています。
その為にも、重粒子線治療一年後の検査を、なんとしても乗り切らなくてはなりません。


