法性山般若寺
■真言律宗
■御本尊:文殊菩薩
■奈良市般若寺町221
■関西花の寺二十五霊場第17番、西国薬師四十九霊場第3番、大和北部八十八ヶ所霊場第15番
寺伝では629年に高句麗の僧・慧灌によって創建されたとされ(諸説あり)、735年に聖武天皇が平城京の鬼門を守るために伽藍を整え、十三重石塔を建てて親筆の大般若経が納められたと言われており、それが寺名の由来になっています。平安時代には学問寺として千人の学僧がいたそうですが、1180年の平重衡による南都焼討の際に東大寺、興福寺などとともに当寺も焼失ししばらく荒廃していました。
鎌倉時代に西大寺の僧・叡尊らによって再興され、新たな御本尊として文殊菩薩像が造られました。鎌倉時代末期には南朝方の寺院として後醍醐天皇の勅願を受け別に倒幕祈願の文殊菩薩像(現在の御本尊)が造られました。室町時代末期の1567年の東大寺大仏殿の戦いで再び兵火に遭い伽藍が焼失し、1667年に本堂が再建され現在の御本尊が祀られるようになりました。
明治初年の廃仏毀釈令で再び荒廃し西大寺の管理下となりますが、太平洋戦争後に諸堂の修理が行われました。
ちょうどお参りした頃がコスモスの盛りの時期でした。境内には約15万本30種類のコスモスが植えられています。
境内の中央にあるカンマン石。石の上に立つ不動明王像の梵字カーンマーンにちなんで名付けられ、石をなでたり体をこすりつけると健康増進の御利益があるそうです。
こちらは「まかばら石」と呼ばれ、光明真言の一部を取ってその名が付けられました。こちらも撫でて拝むと運気が上昇するそうです。
境内側から見た楼門(国宝)の裏側。入母屋造・本瓦葺きの二階建ての楼門で、外側は京街道に面し西を向いています。鎌倉時代の1267年に廻廊の西門として建てられ、和様を基調として、上層の細部には大仏様の意匠を取り入れています。
改めて本堂にお参りします。入母屋造、本瓦葺き屋根の建物で1667年に再建されました。中に御本尊の木造文殊菩薩騎獅像が奉安されています。
十三重石宝塔(国重要文化財)。高さ12.6mで、現在の塔は良恵上人が勧進し南宋から来た石工・伊行末らが1253年に再建したものです。塔には顕教四方仏が彫られ、1964年の解体修理では塔内から聖武天皇所縁の金銅製阿弥陀如来立像など多数の納入宝物(国重要文化財)が発見されています。
手水鉢になっている石船。
朱塗りされた鐘楼。
石仏とコスモスって合いますね。
ざっくばらんな覆殿の下にある鎮守社。安土桃山時代に建てられ伊勢、春日、八幡の三神が合祀されています。
笠塔婆(国重要文化財)。十三重石塔を建てた伊行末の息子・伊行吉によって建てられた石塔婆です。
笠塔婆の手前に置かれた小さなお地蔵さまの石仏。
経蔵(国重要文化財)。鎌倉時代の建立と推定され、切妻造の小さな建物です。














