子どもの心の健康を考える。
子どもが学校に行かなくなり、ゲームをして、昼夜逆転生活になり、家に引きこもり生活になったとします。
痩せ細って、白くなり、覇気が無いし、元気も無い。
そんな子どもを心配して、
・学校に行かせようとする
・ゲームを取り上げようとする
・昼夜逆転生活を直そうとする
・家から外に連れ出そうとする
っていうのは、一時的には上手くいっても、継続が難しいことが多いです。
なんでかっていうと、
「身体は、心によって動かされるもの」
なので、子どもの心のケアをしていない状態で、
「行動だけ何とかしよう」
っていうのは、大抵の場合は上手くいきません。
「行動だけ変えようとしても効果がほとんどない(むしろ、逆効果)」
っていうことは、もう50年以上も前の心理学で判明していることです。
昔は、
「行動分析学」
なんて言って、心をブラックボックスだと考えて、行動だけを考えようとしてきた心理学もありました。
行動療法的なアプローチが上手くいくのは、動物まで。
人間でも、2,3歳までの子どもならできると思うけど、
「動物にやるようなしつけ」
と同じ関わりをしてるんだから、その後の知能の発達にも影響が出てくる可能性は否めない。
そこから、心理学が発展して、
「心」
っていうものがどういうものかがだいぶ分かってきた。
中でもおもしろいのが、
「目的論」
です。
学校に行かない
ゲーム三昧
昼夜逆転
引きこもり・・・
こういう、いわゆる「問題行動」をすると、親は心配してくれるんだよね。
心配してくれるし、いつもより優しくなるし、自分のためにお仕事をやめてまで、一緒にいようとしてくれる。
子どもからしたら、とってもありがたい(笑)
つまり、
「何か原因があって、不登校や、昼夜逆転になっている」
っていうよりも、
「不登校や、昼夜逆転をすることによって、何を果たそうとしているのか?」
ってこと。
その目的は、
「子どもがそういう状態になった”後”、何が起こったか?」
を細かく分析していくと見えてきます。
学校に行かないことで、
親が優しくなり、
一緒にいてくれる時間が増えたのなら、
子どもが望んでいたのは、
「親と一緒にいたい」
「親に優しくしてもらいたい」
っていうこと。
親が優しくなり、一緒にいてくれたことで、子どもの策略は成功したんだよね(笑)
「じゃあ、目的を果たしたから、もう満足したのか?」
っていうと、今度は
「また学校に行き始めると、どうなのか?」
によって変わります。
学校に行き始めると、また親が厳しくなったり、
「学校に行き始めたから、大丈夫だ」
って思って、一緒にいる時間が減っちゃった。
そこで、子どもは学習するんです。
「学校に行ってると、親が離れていってしまうんだな」
って。
「じゃあ、やっぱり学校に行かない方がいいや」
って。
この時、もし、親が、
「子どもは弱っているから、一緒にいてあげないといけない」
って思ったならば、この思いは現実となり、
「たしかに、子どもは弱くなる」
んです。
一緒にいる選択をすることで、子どもを弱らせてしまうわけです。
だって、子どもは
「親に一緒にいるために、自分を弱くしている」
んだから、親に一緒にいてほしいと思うなら、自分は弱いままでいないといけないんです。
元気を出すと、親が離れていってしまう。
「もう大丈夫」
って思われると、親が優しくなくなってしまう。
実際は、とっても優しくしているんだけど、
「子どもが求める優しさじゃない」
ってことね(笑)
ここで言う”優しさ”のことを
「甘やかし」
って言います。
子どもは、機能的には何の問題もない。
身体も動くし、できることはたくさんある。
でも、
「やらない」
んです。
やっちゃうと、
「親が、自分の望んだ通りに動いてくれなくなるから」
です。
自分が、できることを「やらない」ことで、
弱いままの自分でいることで、親に、
「自分が望んだ通りに動いてほしい」
んです。
できるのにやらず、
弱いままの自分でいて、
親をコントロールすること・・・
視点を変えると、親が子どもにコントロールされ、
できることをやらない状態にし、
弱いままの子どもでいさせる関わり方のことを
「甘やかし」
って言うわけですね。
「甘やかし」は、一見、子どもに優しく見えても、子どもの勇気をくじいちゃうんです。
だって、親がコントロールされちゃうことで、
「子どもが本来できるはずのことを『やらない』選択をするから」
です。
できることをやるようになるのが「勇気づけ」
できることをやらなくなるのが「勇気くじき」
です。
この親は、決して、子どもを否定していないし、要求をできる限り飲んでいるし、一緒にいる選択もしてる。
怒らないし、穏やかです。
一見すると、とっても優しい。
でも、子どもの策略は、
「弱いままでいることで、親を思い通りにしたい」
なので、親がその策略にハマっている間は、
「子どもへの勇気くじき」
になっちゃうんです。
「優しく接すること」
と、
「勇気づけ」
は、必ずしも一致するとは限りません。
「優しく接した結果、子どもの行動量が増えたかどうか?」
によって、
増えたなら「勇気づけ」だった
減ったなら「勇気くじき」だった
変わってないなら「どちらにもなっていない」
っていうことです。
ただ、
「親が、子どもにどう関われば、勇気づけになるのか?」
っていうのは、正確には分かりません。
なので、
「とりあえず、実験をしてみる」
っていうのがオススメです!!
「勇気づけ」の難しくもあり、おもしろいところは、
「あらかじめ分かるような、教科書的な答えが存在しない」
っていうことです。
「○○をしたら、勇気づけ」
「××をしたら、勇気くじき」
みたいな定式化されたものはありません。
例えば、
「折り紙が折れてすごいね!!」
っていう褒めが、「勇気づけ」になる子どももいれば、「勇気くじき」になる子どももいます。
「親に褒められた!嬉しい!もっとやろ!!」
ってなる子には、勇気づけになってる。
「親に褒められた!もう十分!やらんとこ!」
ってなって、いつまでも「折り紙が折れる自分(折れるけど、やらない)」で居続けるなら、その子には「勇気くじき」になってしまっている。
この子は、褒められて満足して、やらなくなったんだから、
「どこを工夫したの?」
「じゃあ、あなたならもっとこういうこともできそうだね!!」
っていう、ハードルを上げるような関わり方をすると、
「できる自分なんだから、やってみよう!!」
ってなったりします。
何が勇気づけになり、
何が勇気くじきになるのかは、
子どもによっても違うし、場面によっても違います。
ということは、この記事の前半部分で、
「親が子どもと一緒にいる時間を増やすと、行動をしなくなり、勇気くじきになっちゃう子ども」
の話を書きましたが、逆に、
「親が子どもと一緒にいる時間を増やすことで、行動量が増えて、勇気づけになる子ども」
もいます。
勇気づけは、定式化されたものは無いので、
「○○をしたら、子どもの行動量が増える(=勇気づけになる)」
っていうものではなく、
「子どもの行動量が増えたから、○○をしたのは勇気づけになっていた」
っていうことです。
なので、
「色々とやってみて、その後の子どもの変化を観察する」
っていう「実験」がオススメなんです。
例えば、子どもが不登校になり、家にいる時間が増えた。
その時点で、親が会社を早退するなりして、一緒にいる時間を増やしてみた。
たしかに、子どもは安心して遊んでいるように見える。
この時、行動療法と大きく違う点は、
「子どもにも話を聴いてみよう」
っていう点です。
子どもに、
「一緒にいてほしいんかなと思って、一緒にいてみるようにしてるんだけど、どう感じた?」
「一緒にいる時間を変えずに、そのまま仕事をしてたら、どう感じる?」
とか聞いてみる。
そうやって、子どもとやり取りをしながら、
「どういう関わり方をすれば、子どもが勇気を出せるようになるんかな?」
ってのを探っていきます。
実験をしながら、子どもにも話を聴きつつ、
「この子の勇気づけポイント」
を掘り当てます。
これは、僕がよく言ってる、
「目の前の子どもが答えを持っているよ」
っていう話にも通じます。
子どもが不登校になったり、昼夜逆転をしたり、引きこもりになると、
「子どもがかわいそうだ」
って思って、一気に優しくなったり、子どもの言う通りになっちゃう親がいます。
それはそれで、その親なりの愛情なんだけども、
「実は、それが子どもの勇気くじきになっていることがあるんだよ」
っていうことは知っておいてもいいと思う。
でも、それが子どもの勇気づけになることもあります。
なので、
「やってみて、子どもはどうだったんだろう?」
っていう視点は持っていてほしい。
「優しくしてみて、子どもはどうだったんだろう?」
って考えて、外から子どもの行動を観察してみたり、子ども自身にもヒアリングしてみたり。
そうやって、
「その子が、本当に求めている『勇気づけ』のコミュニケーション」
を見つけていきましょう!!
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