今日は、
「自分責めのやめ方」
について解説していきます。
結論から書けば、
「『自分責めをしている自分』をとことん認めていこう」
です。
心について、ちょっと知ってる人は、
「自分責めをしない方がいい」
っていうのは聞いたことあると思います。
それでもしちゃうのが「自分責め」なんですけどね(笑)
自分責めをするたびに、
「あぁ、また自分を責めてしまった・・・」
って思いません?
僕は昔、思っていましたよ(笑)
“自分を責めた自分”を責めてしまう。
なんで、
「“自分を責めた自分”を責めてしまう」
のか?
それは、
「自分責めをしない方がいい」
っていうのが、
「自分で辿り着いた結論」
ではなく、
「他者から言われたことだから」
ですね。
他者から
「自分責めをしない方がいい」
っていう”結論”だけを言われるから、
・なぜ、自分を責めない方がいいんか?
・自分責めをやめるにはどうしたらいいのか?
・どういう経緯で「自分責めをやめよう」っていうモチベーションが湧いてくるのか
などが分からず、
「自分責めをやめる動機が自分の中に無い」
んだよね。
人からの言い付けを守るような。
人から「えらいね」って褒められることを求めるような。
承認欲求に基づいて考えることで、自分の実体験とはかけ離れてしまう。
その結果、
「“自分を責めた自分”を責めてしまう」
っていう、なんとも本末転倒なことをしてしまう(笑)
「じゃあ、どうやったら自分責めをやめられるのか?」
っていうと、そんなの簡単です。
「自分責めをやめる動機が自分の中に無い」
んだから、
「今はまだ『自分を責めていたい』って思っている」
ってことですよ(笑)
別に、誰かから、
「あなたは、もっと自分を責めるべきだ!!」
「もっと自分を責めなさい!!!!」
って命令をされているわけじゃないですよね??
それなのに、自分を責めてる。
っていうことは、
自分の意思で、
自分でやろうと思って、
「自分を責めている」
んです。
「本当は、やっちゃダメなのに、ついつい自分を責めちゃう」
って思ってませんか?
この
「本当は、ダメなのに」
の部分が、
「他者の意見」
なわけですよ。
誰かが言った、
「自分を責めてはいけません」
「自分を責めるのはやめましょう」
っていう言葉を覚えていて、その言葉を反芻しながら、
「本当は、やっちゃダメなのに」
って思ってるわけです。
「ついつい自分を責めちゃう」
っていう部分が、
「自分で決めて、やっていること」
です。
ここで、
「他者の意見を聞くのをやめて、自分の心の声に従う」
ならば、
「そうだ、自分責めをしよう!」
(京都へ行きそうなノリで)
ですよね。
「本当は、やっちゃダメなのに、ついつい自分を責めちゃう」
って思っていることを、
「『自分責めをしてはいけない』って言われるけど、私は、ついつい自分責めをしちゃう」
って言い換える。
さらに、これを
「『自分責めをしてはいけない』って言われるけど、私は、今、自分責めをしたい」
に言い換えて、そして、最後に、
「私は、今、自分責めをしたいから、自分責めをする」
って言うようにします。
同じ「自分責め」でも、
「本当は、やっちゃダメなのに、ついつい自分を責めちゃう」
って思った時は、全身の力が抜ける感じがあると思うんですけど、
「私は、今、自分責めをしたいから、自分責めをする」
って覚悟を決めて自分責めをすると、全身に力がみなぎる感じがありませんか?
堂々と自分責めをしてもいい。
自分責めをしていることに、罪悪感を持たなくてもいい。
ちなみに、
「自分責めをしていることに、罪悪感を持たなくてもいい」
この言葉って、すごく味わい深くて、論理的な矛盾を含んでるんですよね(笑)
本当に罪悪感を手放したら、
「自分責めをしていることに、罪悪感を持たなくてもいい」
この言葉通りになりますよね?
逆に、やっぱり自分責めしていることに罪悪感を持ってしまったのなら、
「堂々と自分責めをしてもいい」
っていう部分に、当てはまるわけですよ(笑)
つまり、罪悪感を持っても、持たなくても、自分に承認を与えられる魔法の言葉が、
「自分責めをしていることに、罪悪感を持たなくてもいい」
なんです(笑)
「自分に承認を与えられている」
っていうことは、これすなわち、
「自分を責めないでいられている」
っていうことです。
もっとシンプルに、
「自分責めをしてもいいんだ」
って思うだけでも、全然いい。
これも同じレトリックで、
自分責めをしないでいられたら、
「自分責めをしても”いい”んだ」
っていう許可の部分に当てはまるわけですね。
「許可が与えられる」っていうことは、
「許可されてるだけで、別に”しない選択”をしてもいいんだよ」
って言えるわけですよね。
すなわち、
「自分責めをしてもいいんだ」
っていうのは、
「自分責めをしてもいいし、しなくてもいい」
って言ってるわけですからね。
逆に、自分責めをしても、
「そうだそうだ、自分責めをしてもいいんだった」
って自分を承認することができます。
そうやって、
「どっちに転んでも、自分を承認することになる」
っていうレトリックを使うと、ちょっとずつ自分を認められるようになっていくと思います。
「自分責めをしては”いけない”」
って考えると、
「『自分責めをしている自分』を責めてしまう」
「【『自分責めをしている自分』を責めている自分】を責めてしまう」
っていう無限後退になります。
一方で、
「自分責めをしても”いい”」
って考えると、
自分責めをした ⇒ いい!
自分責めをしなかった ⇒ しなくてもいい!
ってなって、自分責めが無限ループにならずに、パタッと第一階層だけで終わります。
なので、今日から、
「自分責めをしては”いけない”」
を、
「自分責めをしても”いい”」
に切り替えてもらって、心の中で何度も唱えてあげてください。
ほんで、やりたいだけ自分責めをやり切ったら、どっかで飽きるから(笑)
◆最新情報のご案内
公式メルマガ「子どもが自分から勉強を始める親のコミュニケーション」
◆公式SNS
◆書籍・公式サイト