この記事の続き。
きっとこのブログを読んでくれてる人の中には、すでに孫がいる人もいるでしょう。
今日は、孫がいる人に向けての記事です。
絶対にやっちゃダメなことは、
「求められもしていないのに、母親へのアドバイスやダメ出しをすること」
です。
これをやってしまうと、
「もう来ないでほしい」
って言われてもしゃーないわな、ってなる。
「相手が嫌がることをしないようにしましょう」
っていうのは小学生でも分かることなので、それをやったらそりゃ相手から嫌われるので、来ないでほしいと言われることもあるよね。
僕は、子育てなんてやったことないのに、こうして子育ての話をしきりに発信して、一定以上の支持を集められているのは、
「子育てにおいて、経験が占める割合は23%しかないから」
です。
数字は、安定の適当さです。
もし、子育ての経験がモノを言うなら、1人目よりも、2人目、3人目の方が子育ては楽になっていくはず。
そして、子どもが20歳にもなれば、みんな親子関係が良くなってるはずなのだ。
でも、実際に、親たちに話を聴いてみれば、30代、40代、50代になっても、結局、
「幼少期の親との関係」
なんだよね。
幼少期の親との関係との関係がネックになって、子育てを初めても子どもとの関係に問題が起こり、親の人生に諸問題が発生してる。
親は、20歳以上なはずで、自分の親(=じじばば)の子育て歴は20年を超えているはず。
キャリアでいえば、相当長い。
でも、それでも親に、
「幼少期の親との関係がネックになって諸問題が起こっている」
っていうことは、
「20年以上の子育てキャリアでも解決できない難題がある」
のか、それとも、
「子育てには、子育て歴の長さはそれほど重要ではない」
のかのどっちかです。
この答えは簡単で、20年と言わずに、子どもが小さい時から、子どもとの関係が良好なままでいる親子もいる。
子育て歴の長さが重要なら、ほとんどの親子は、子どもが小さい時には子どもとの関係は悪くないといけないよね。
誰でも、バスケを始めた時には下手くそなのと同じで、誰でも子育てを始めた時には下手くそじゃないといけない。
子育てが下手くそなんだったら、子どもとの関係は当然悪いものになってるはずよね。
でも、そうとも言えない。
子どもが小さい時に、子どもとの関係が良い親子もいるし、子どもがもう20歳超えて大きくなってるのに、未だに関係が悪い親子だっている。
だから、
「子育てにおいて、子育て歴の長さはそれほど重要なファクターではない」
っていうことです。
だから2、僕のように
「子育て経験ほぼ0」
の人間が、子育てのことを発信していても、ポイントさえ押さえておけば支持してもらえる。
支持してもらえるということは、僕の言っていることが割と的を射ている、ってことです。
子育てのポイントを1つだけ挙げろと言われたら、僕が選ぶのは、
「自分が子どもの頃の気持ちを思い出しているかどうか」
です。
自分がされて嫌だった関わりをやめて、自分がされて嬉しかった関わりをすると、子どもとの関係はそれほど悪くはならない。
僕が書いてる子育て論も、
「僕が子どもの頃に感じていたこと」
「もし、子どもの僕が体験したら感じそうなこと」
を考えながら書いています。
「遊びの解放」
なんてまさにそう。
(僕の経験則だけじゃないけどね)
じじばばの関わり方で言えば、
「自分が子育てをしていた時」
を思い出してみると、よく分かると思う。
もし、両親や、義両親から、ダメ出しされたり、マウンティングされたら、イライラすること山のごとしだと思うのよ。
欲しいのは口出しじゃなくて、お金と労働力!!
ごちゃごちゃ言うくらいなら、黙って溜まってる洗濯物を片付けたり、ご飯の用意とかしてほしいじゃん。
子育てにおいて最も重要なことは、
「母親の笑顔」
なので、母親に「ちゃんとした子育て」をさせようとして、
「子どもをほっとくなんて、子どもがかわいそう」
とか言ってる場合じゃないんだよ。
母親を子どもに縛り付けておくのは、母親にとっても、子どもにとっても良くない。
なぜなら、母親にイライラが溜まり、そのイライラが子どもに注がれ、子どもがねじ曲がった世界観や価値観を持つようになるから。
これを
「母親の我慢が足りない」
とか言うなら、一回、星に還った方がいい。
土でもいいよ。
子育てにおいて、母親の「我慢」はストレスを溜めて、母親から笑顔を消してしまう。
だから、子育てでは、なるべく「我慢」をしない方がいいし、周りの人間は母親に「我慢」をさせない環境作りをする。
子どもに心身共に健康に育ってほしいなら、じじばばが母親にすることは口出しや、マウンティングじゃない。
お金を出すことと、労働力を提供し、孫の世話を引き受けること。
そうして、母親を子どもから引き離し、母親に一人の時間を作ってもらう。
しかも、子どもは、母親が笑顔であるならば、あとは関わり合いの時間が長い人に懐くので、じじばばであっても子どもと長く関われば、子どもは懐く。
孫から「ばあちゃんばあちゃん」って言われると嬉しいべ?
「じいちゃんじいちゃん」って言われると色々してあげたくなるべ?
それで色々買ってあげたくなったら買ってあげたらいいし(笑)
じじばばの役割は、母親へのダメ出しや、アドバイス(=クソバイス)、マウンティングじゃない。
孫を愛でて、愛で倒して、母親を子どもから引き離す。
そして、母親に1人の時間を作ってもらう。
子育てを
「母親の仕事」
なんて思うのは、もう死語です。
子育ては家族全員参加のチーム戦です。
よりたくさんの人から愛された人間ほど強い。
ほんとに強い。
生きてる間の幸せ感もハンパない。
僕は、親に対して、
「子どもを信じよう」
って言うけど、じじばばに対しても同じことを思っています。
自分の子ども、すなわち、母親・父親ですよね。
もっと信じよう、と。
孫じゃないよ。
孫は無条件に可愛いだろうから、じじばばが信じるのは、孫の母親・父親です。
もっと信じよう。
口出しするのは、信じていないからだよね。
「全力を出してソレ」
だと思ってるからよね。
でも、母親は(父親もやけど)、自分の時間が取れてなかったら、子育てで全力なんて出せない。
子どもを嫌いになったり、自分を追い詰めたり、子どもを愛せなくなってしまう。
愛情が無くなるわけじゃないけど、その愛情を出せなくなってしまう。
愛情よりも先に怒りや、孤独感、寂しさ、自己承認欲なんかが表に出ます。
どれも悪い感情なのではなくて、その感情が表に出ることはダメなわけじゃない。
むしろ、母親が怒りなどを全面に出して、愛情を表に出せないという「環境」になってしまっていることが問題なんだよね。
人は常に悪くないし、間違っていない。
子育ては、
「母親」
がするものじゃなくて、
「環境」(=子どもに関わる人全員)
でやっていくものです。
だから、いくら母親だけががんばっても、その母親を支える「環境」ができていなかったら、子どもの心は折れたり、ねじ曲がったりしていきます。
母親が子どもを愛せるように、そして、子どもと一緒の時間に笑顔でいられるように支える。
さらに、母親以外も子どもに愛情を注ぐような、そんな「環境」で育った子どもはやっぱり強い。
自分が愛されていることを信じて疑わない人が最強だと思う。
子どもが小さい時から、環境にいる全員で愛情を注いでいく。
子どもが、自分は愛されることを信じて疑わないなら、どこでも生きていける。
だって、家庭で愛されているなら、
「きっと家庭の外でも愛される」
って思うじゃん。
そしたら、ちゃんと愛されるような行動を取るんだよ。
「どうせ愛されるんでしょ」
って思ってるから。
じじばばは、孫を愛しつつ、
「母親が子どもを愛せる『環境』を作ること」
もやってほしい。
ほんと、母親にダメ出しとか、
「子どもを学校に行かせなくても大丈夫なの?」
とか言ってる場合じゃないんよ。
じじばばも、母親と同じように、無条件で孫を愛してやってくれ。
そしたら、子どもの「安全基地」は拡大するし、母親は子どもを愛する心の余裕ができる。
子育てにおいて最も重要なのは、
「母親の笑顔」
であり、それを作るための
「母親の心の余裕」
なのだ。
母親に全てを背負わせては、全てを背負わせるような「環境」を作ってはダメなのだ。
そして、母親の笑顔を奪っちゃうような関わりもやっちゃダメなのだ。
孫の成長や、孫の幸せを望むのなら、ね。
