「遊びの解放」
をやり始めると、子どもにイライラする人が出てきます。
どうして、今まで「遊びの解放」ができなかったのかと言えば、
「自由にしている子どもが許せないから」
です。
子どもがゲームや、
スポーツ、
勉強、
ゴロゴロしたり、
昼夜逆転、
学校に行くとか行かないとか、
ご飯を食べる時間など、
子どもが好きなようにしていることが許せないんですよね。
なんで許せないのか、っていうと、子どもに
「嫉妬してるから」
です。
この嫉妬があるから、「遊びの解放」ができなかった。
自分が子どもの頃は、親から自由にさせてもらえなかった。
ゲームはさせてもらえなかった。
勉強をするように言われてた。
ご飯を食べる時間も決められてた。
起きる時間も、寝る時間も決められてた。
家に帰ってくる時間も。
学校に行くように言われてた。
休みの日にも、
「ゴロゴロしてはいけない」
と言われ、休みの日の過ごし方にも口を出されていた。
(そして、親からの要求をある程度呑んでいた)
ほんとはもっと自由にしたかったんだけど、親に言い出せるわけもなく、そのまま大人になった。
悔しい。
むかつく。
なんで自分ばっかり。
そんなことも思いながら、親になった。
ずっと、自分が自由じゃなかったこと、親のせいにしてんだよね。
親に反抗せずに、ため込んで、従って、鬱憤をずっとため込んでる。
これが「嫉妬」です。
そして、親に反抗できない代わりに、子どもを縛り付けるんです。
子どもにも、
「自分と同じ目に遭わせる」
ために。
八つ当たりも甚だしいんだけど、なんでこんなことするのか、っていうと、
「子どもとは不自由なものだ」
「子どもはそもそも不自由なんだから、うちの子も不自由であるべきだよね」
「そしたら、私が子どもの頃、不自由だったのも仕方が無いものね」
「そしたら、私が目を向けている、向き合いたくない親とも向き合わなくてもいいものね」
ってことで、
親との関係性
親への反抗をしてきていないこと
自分で不自由を選んでいること
には目を瞑り、子どもを縛ることで、不自由を味わわせることで、自分を、過去の自分を正当化してるんです。
そんなことしなくても、過去の自分も間違っちゃいないのに。
子どもに自由にされちゃうと、過去の自分が間違っていたことになり、過去の自分が不自由だったことが、アホらしくなってしまう。
あんなに辛い思いをして、やりたいことを我慢した私はなんだったの!?
ってなっちゃう。
勇気が出なかった自分
怖かった自分
を受け容れられていないから、子どもに同じ目に遭わせて、そこを受け容れることから目を背けてるんです。
勇気が出なくてもいいじゃない。
怖くてもいいじゃない。
そうやって、自分を認める。
子どもを不自由に縛り付けなくても、過去の自分は認めてもいいんです。
正当化してもいいんです。
自分の不自由さに対して、親に思いっ切り反抗する。
自分の感情をぶつけるのは、子どもじゃなくて、親です。
そして、ずっと自分を縛ってきた親からの呪縛から解放される。
親に理解してもらうためじゃない。
親に反抗して、自分の人生のコントロール感を取り戻すためです。
親への反抗は、自分をコントロールしようとしてくる親に対する攻撃です。
圧力には屈しない。
大丈夫。
そんなことで親子の関係は壊れないから。
もし、親子の縁が切れても、自分は自分。
自分の人生は、親が決めてるわけじゃないから、それでも幸せでいられるし、いてもいい。
親に本気でぶつかっていって、本気で反抗して、自分の人生のコントロール感を取り戻す。
そしたら、そこで初めて、自分で自分を自由にできる。
自分で自分を自由にできるようになってくると、子どもに「遊びの解放」をしてもイライラしなくなります。
なぜなら、自分も自由にしてんだから。
これを
「親の遊びの解放」
って言います。
「遊びの解放」
をするとイライラが止まらない親は、たいてい自分に対して、「遊びの解放」をしてない。
だから、まずは自分を「遊びの解放」しよう。
そのために、自分の過去や、親と向き合う必要があるわけね。
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