知る快感こそ
今とても必要な快感に
なりうるのではないかと
思うのです
それは自分を知り
宇宙を知ること
私たちはスピリチュアルな
精神世界を背景に
現実を生きています
スピリチュアルな背景を
理解することは
私たち自身を知ることになり
世の中を知ることになり
他人を知ることになり
そこで可能性や満足感といった
快感や驚嘆を
味わうことになります
知らなければこれらの
快感や驚嘆を楽しむことができず
苦しみや恐ろしいことと
思ってしまうこともあるのです
例えば
成長する時は痛みがあり
その痛みを毒とすることも
良きこととすることも
知ること次第なのです
知ることは
まさに生きる価値であり
ここ地球に生まれてきた意味の
一つです
最近ユーチューブや
その他のSNSの発信で
スピリチュアルを誤解し
詐欺商法的な扱いの発信を
目にすることも多く
非常に残念な思いを
抱く事が多いのですが
それらの発信を見ていると
同業の人が多いわけですが
これはスピリチュアル界隈によって
犠牲になった方も
多いのかもしれません
実態は私には分かりません
しかし
偏見と決めつけが多く
存在していることは
よく知っています
これらの偏見や決めつけといった
情報に対する一つの姿勢は
知る事という快感を通した
没入であるのではないかと
思うのです
没入は情報に対する自己同一化
思い込みや勘違いです
知るということは楽しい事であり
知るということの価値は
情報化社会のいまは
高まる一方となっています
それを「世の中のために」とする
ということが
どのようなものであるかと
いったことを
私たちは勘違いしているように
思います
情報は扱いを知る必要があり
踊らされてはならないのです
良い情報も悪い情報もありません
情報は盲信することも
決めつけることもできません
情報によって
自分の中の何が反応するのか
それを捉え
自分を知るために使う時代なのです
これが考えることであり
情報化社会での個性となるのです
どんなにすごいと言われる人の
言っていることでも
私には関係ありません
その人の情報は
その人自体を表すものであっても
私自身のものではありません
その情報をいただいた時に
自分はどのように
対処しどのように扱うかです
そしてそのような情報を
もたらしてくれるそのすごいと
言われる存在には
感謝しかありません
ありませんというのは
感謝しておしまいにしている
ということです
それによって
自分の人生がまた一つ
広がりを持ったからです
他人の情報は
自分に役立てる時代であり
自分が快感と繋がるように
扱うべきです
知ることは快感であり
他人のことを聞いた時に
自分を知ることは
それもとても楽しいもので
あるのです
他人のことを聞かないと
自分を知ることはできません
ですから他人に感謝であるのです
自分は他人のおかげで
存在できるのです
しかし他人は自分には
関係はなく
この関係が無いというのは
他人の経験や他人の考えや
他人の思いはその人のものであり
私には私のそれがあるという
意味です
そこを一緒と錯覚してしまうと
自分として持てなくなり
自分の発見にはつながりません
それは非常につまらないのです
情報で楽しみましょう
良い悪いというフィーリングで
受けてることはやめて
自分は発信者とは別であるという
感覚で
受け取ってみてください
そして自分の中で変換して
自分を知ることの快感に
変えるのです
快感であると言っているのは
自分一人の楽しみであるからです
知るということは
自分一人の世界に入ることで
あるので
逃げるには
最高の場所であるのです
情報を自分の楽しむ
1人だけの世界として
この乱暴な時代の
拠り所とするのです
その為にも
情報に振り回されるのではなく
自分のものとするということを
掴むと良いのです。
オンラインサロン
スタートしました!
みなさんのご参加を是非
お待ちしております。
こちらからお申し込み
⇩⇩⇩⇩⇩
自分自身とはいったいなんぞや?
人生はどうしたら自分で
生きていけるのか?
自分の神聖さはどこにあるのか?
これらを
解き明かすオンラインサロンです
一緒に自分自身の見える化を
行いましょう
照れてる場合ではないのですよ
安心して
乗組員となりましょう。
田尾真一の書籍
今こそ大切な新時代の統合に向けた恋愛のお話し!
![]() | 男はその時、何を考えているのか? 彼の愛を呼び起こす39のヒント 1,437円 Amazon |







