奈良に来て
東京を見る時に
さまざまな思惑でできている東京が
よくわかるし
それにすっかりハマっていた自分がいたこともわかる
思惑だから
人の想いや意図
思考や主張がうごめいている
人の思惑はテレビやラジオという電波を通して
日本全国に広がる
思惑を前提とした情報の縮図でもあるテレビの
特に報道を
陰謀論で嘘ばかりと科学者も言う
報道というのは嘘と捉えれば嘘ともとれる
思惑があると言えば思惑があるわけで
それをムキになって嘘ばかりと言っているのを
聞いてると
純粋なんだな〜と思ってしまう
東京にはたくさんの楽しい事があるように
見えるのも
その思惑の一つだと僕は思う
人の思惑は人を楽しませる
遊園地や映画
マッサージや化粧品
格好いい洋服やおしゃれな料理屋さん
芸能界やスターさんもそうだ
その様々な楽しいであろう思惑は全て
思惑として
お金に繋がっている
よりお金を稼ぐために
思惑を隠し隠し
お金を稼ぐという技術を探求しているのだ
隠し隠しの方がお金は稼ぎやすい
堂々と欲しい欲しいで稼いでいいだろうはずなのに
隠し隠しでないといけないところもある
お金儲けは悪い事のような
悪い事と思えないという
ジレンマの中に東京は居るし
本当に窮屈だ
人の思惑は
人の価値観に依存しながら存在しているから
しょうがない
それは
自然(虫や砂埃)や田舎なんて嫌だという
人の価値観とも回り回って繋がっていたりする
汚いだっさい意識の低い田舎というイメージに
私たちの若さは反発して
都会には人が集まる
都会には人の思惑がうごめいているので
沢山の豊かさが生み出されていると
誰もが感じているからだ
しかし
結局は田舎が嫌だと思うのと
都会が楽しそうと思うのは
嫌だという衝動に乗っかっているので
帰ってくる
慣れてきた都会は嫌なものなのだ
田舎が嫌だからと都会に行けば
そのうち都会が嫌になる
結局両方を経験したいということなのかもしれない
それは
極端な二つのものを経験することで
極端な選択、極端なものの捉え方、極端な考え方
から離れることができるからかもしれない
嫌だと良いの両極を体験すると
その間に自分がある
極端な人生観から離れるには
極端な世界を味わう必要があって
驚嘆な世界は外に広がっていて
そこに自分はいない
驚嘆な外の世界の間に
自分が生まれる
人生に自分を生み出す為に
外の極端な世界はある
東京には沢山のものがあるように思えるが
実際は何もない
それは
自分以外のものを見てあるとしているからおきる
錯覚だ
凄いように思わせる技術はうごめいているが
ことの実何もない
自分なくしては何もかもどうでも良い
一生自分には関係のないものもある
外のものとしては、、、
奈良には段ボールで並んだやすい食品スーパーがある
そこには東京に無いアイデアがある
でも
見る人によっては汚いものに見えるだろう
私は飲食店での経験が長いが
東京の飲食店では
段ボールがお客さんの見える所にあるのを
死ぬほど怒られた
死ぬほどというのはあくまでわたくし個人の体感
だけど
ヘロヘロに疲れているのに
段ボールのことでこれほど真剣になるのが
飲食のプロなのだと叩き込まれた
これは飲食業界の思惑だったわけで
プロフェッショナルという番組に
私が出たらプロとは思惑の虜になることと
答えるかもしれない
そんな奴はプロじゃないと言われるだろうが、、
とにかく
東京は思惑のるつぼだ
そんな東京で
自分らしさが育めるとは思えない
もし隠者であれば
自分らしさを育めるかもしれない
それを都会でするのは
余程の隠遁者的な生活をする以外にないし
果たして東京で隠遁者としていることができる人は
どれくらいいるだろうと考えれば
私は一人知っている程度で
知らない人には見かける気もするが
^_^
ほとんどの人には難しい
怪物並みの知性をもってしても
果たして東京で自分らしく生きることは出来るかと
考えても難しいと思うし
だからこそ
自分らしさは東京でまるで必要かのように
言われている
これも誰かの思惑かもしれない
東京で自分らしさを持つのは
よほどのことだからだ
否、都会だから言われることであって
自分らしさなんて本来はいらないのだとも思う
自分らしさを叫ぶのは
苦しい時であって
苦しくなければ自分らしさで悩む必要は無い
他人に対して一生懸命であっても自分のメンタルは
崩れることなどないのが普通なんだ
自分を崩すことなく
人に尽くすことができることを
人生だと考えればそれが
自分で良いのだ
自分らしさは
苦しくなった時
わからなくなった時
見失ったと思った時に必要な視点で
見失うか
見失わないかを経験して
見失うことと見失わないことを知るからこそ
できる
見失わないでいられる人生が
自分らしさなのであると
言っても良い
自分らしい色があるわけではないのだ
色は人から見たらのことで
自分でつけるものではないということなので
それは
全く違う二つの極端さの経験の中で
その極端な経験の間にある
自分のこと
それがなんか
いい感じなんだとわかる時が来るのどろうと
思う。
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